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『山海経GO』なるシナ版“パチモンGO” から思い起こしたこと

以下のような記事があった。

「各国を席巻中の『ポケモンGO』! 日本でも配信され、世界的ブームにやっと波乗りピカチュウだ!! だが、よく見渡すとこの旋風を切なく指をくわえて見るしかない国がある。そのひとつが中国だ。

現地では、お金をつんで外国ユーザーからアカウントを購入するか、VPN で何とかするか、もしくはパチモンに甘んじるしかない絶望が続いている。そんななか、中国で新手の “パチモンGO” が発見されたというのだが、これは……!! なんという脱力クオリティ。しかし、なんだか楽しそうと話題になっているのだ!

・中国版ポケGO? 『山海経GO』!!
その新種の “パチモンGO” の名は『山海経(せんがいきょう)GO』!! 中国最古の地理誌『山海経』をベースにした位置情報ARゲームであるそう。

【これは許した】中国新種の “パチモンGO” が楽しげと話題! 世界が許すレベルの脱力クオリティ『山海経GO』!!

Sengai.jpg


『山海経(せんがいきょう)』は、シナに於ける最古の地理誌といわれるが其の実化け物図鑑の様相を呈している。ゆえにポケモンGOをパクるに際して彼らが思いを致したのがこの古典というわけだ。

個人的に『山海経』といえばすぐに魯迅を思い出す。

『朝花夕拾』という短編集というより回憶録に、かっての阿姆(下婢)の阿長が買ってくれた『山海経』についての「阿長と『山海経』」という一篇がある。その不思議な化け物たちは魯迅すなわち周樹人少年に多大なインパクトを与えたらしい。

朝花夕拾


後年、日本とシナが戦争へと突入する時期に七言律詩《題三義塔》を書いている。これは戦禍の上海で飼い主を失った鳩を豊中市の自宅に連れ帰った西村真琴博士に捧げたものだが、わたしが『山海経』で魯迅を思い出すのはむしろこの詩のせいだ。

その中に引用された「精衛填海」の故事が哀れで人の情念の深さの表現が秀逸だからだ。女娃という少女、東の海辺で遊ぶとき溺死し、その恨みを晴らすべく鳥と化して東海を埋めんと周囲の山から木石を銜え運んで海中に投下するようになったといい、化した後の姿は烏に似て頭に文様があり嘴は白く足は赤く、「セイエイ、セイエイ」と鳴くが為に精衛(せいえい)と名付けられた。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E5%A8%83

Joka.jpg


ちなみにシナ近代史における稀代の愛国者・汪兆銘の号である精衛はまさにこの故事に由来する。そのシナ人民を思い敢えて漢奸の汚名をかぶって日本との和平を追求した汪精衛の記録『我は苦難の道を行く』(上坂冬子著)は必読書である。

さてこの詩を捧げられた西村真琴は今やこの詩を知る人の内でしか記憶されない人物であろう。

西村は戦禍の上海で飼い主を失った鳩を豊中市の自宅に連れ帰りその鳩が死ぬと塚を建てて三義塚と名付けたのである。三義とは鳩を拾った場所・三義里街に由来する。

《題三義塔》
奔霆飛焰殲人子,敗井頹垣剩餓鳩。
偶值大心離火宅,終遺高塔念瀛洲。
精禽夢覺仍銜石,斗士誠堅共抗流。
度盡劫波兄弟在,相逢一笑泯恩仇。
1933年6月21日

sangito.jpg

<和訳>
「三義塔に題す」
飛行機の爆弾や銃火が人を殺傷し井戸や垣をやぶり崩して町を荒廃させ、一羽の餓えた鳩をのこした。
たまたまその鳩が大慈悲心にあって火に包まれた家を離れたがとうとう死んで三義塚をのこし日本を(一つの気高い心の故に)記念している。
死んだ鳩は眠りから覚めて、かの古伝説に言う精衛の如く、東海を小石をくわえて埋めんとすかの如く、(両国)闘士は誠心かたく時流に抗して闘う。
世界が生まれ滅びるほど長い年月を苦難して渡り尽くした兄弟あり。その時逢ってニッコリすれば深いうらみも滅び去るだろう。


魯迅の詩については『魯迅詩話』(高田淳著、中公新書)があり優れた解説と訳が各詩に付されているが今やすぐには探し出せないので、和訳はネットで検索し若干の訂正をした。原典は特に示さない。

戦争危機が高まる中、日本とシナの平穏と和解を望む魯迅の感慨がよく吐露されている。

ご存知のように魯迅は仙台医学校で医学を学ぶも中途方向を転換し文学者となった。

その文学は大胆に日本語文法や語彙をシナ文に導入しシナ語を変革した。このような努力もありシナ語はどうにか近代的概念を表出できるようになったのだ。

1930年代当時、魯迅は両国の間で「知日派」「親日派」として日本側からは珍重され、シナ側からは懐疑とともに疎まれていた。

現代シナに於いて最も嫌われている作家が魯迅である。

理由は二つあろう。
一つには、文革時代に毛沢東が盛んに魯迅を持ち上げ「新中国第一等の聖人」扱いだった。それゆえ毛の権威の失墜と共に魯迅も人々から蔑まれるようになった。

Shanghai3.jpg
魯迅の墓、毛沢東による題字、上海虹口公園(現魯迅公園)内

二つには、魯迅が徹底的にシナとシナ人の問題を暴き痛烈に批判した。その批判の対象に変化がなくそれゆえ読者は自らが批判されたように感じ、これを疎み遠ざけた。

特にその二について、こんな状況あるゆえ、わたしはかって「シナにつける薬」として魯迅を持ち上げたのであったが、それを理解してくれる読者は少なかった。

劫波(世界が生まれ滅びるほど長い年月)がすでに経ったとは言えず、「兄弟」の間はますます遠ざかる今日である。

わたしは平和愛好者なので戦争と暴力には反対である。しかしシナ共産党軍がわが国に戦争を仕掛けるなら断固これを撃退殲滅しなければなるまい。そうしてこそ初めて日本とシナの真の和解が端緒につくはずであるから。








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  1. 2016/07/28(木) 12:40:06|
  2. 魯迅
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良薬口に苦し、シナ人に嫌われる魯迅

ほらね、魯迅はやはりシナにつける薬としての効用ありなんだね。

 

最も反感を感じる作家は魯迅(ろ・じん)」と発言しているように、今どきの中国の若者は魯迅を知らずとも村上春樹は読んでいる。」

 

福島香織記者が伝えている。

 

またイザで『ひまひまじん』を運営される武閑老師からも同様なリポートがあった。

 

毛沢東と中共が大いに魯迅をもちあげてさえこれだから、魯迅の毒は、プロパガンダの制約をうちやぶって薬として「シナという病」に効くことが証明されたようで、わたしは得意である。

 

これからも「シナにつける薬としての魯迅」(イザでのシリーズ「魯迅を読み直す」を改編)を隠居所で継続する張り合いができたというものである。

 

福島さん、武閑老師、多謝!

  1. 2007/10/15(月) 09:53:00|
  2. 魯迅
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魯迅を読み直す 28,  阿Q式「色情狂相」



「這断子絶孫的阿Q!」(この子孫断絶の阿Q!)

?

ある時からかった尼さんから、こう罵られた阿Qは、考えに沈みます。

?

「そのとおりだ。女がいなけりゃならねえ。子孫断絶となったら、死んだ後ひと碗の飯も供えてくれるものがない・・・女がいなけりゃならねえ。「夫(それ)不孝に三有り、後無しを大と為す。」

?

この辺は色情狂と言うより、儒教的世界観による呪縛のように見えます。がしかし、それに騙されてはいけません。この不孝を回避するためという、いわば言い訳,言い逃れを建前にして色情に励むのがシナ式システムなのです。

?

この言い訳によって条件さえ許せば何人でも妾を抱え、いわゆる「子孫断絶」を回避するに日夜励むのがシナ式性生活なのです。

?

阿Qも麗しき伝統を大いに発揮し、うかつにも出入りのお屋敷の女中にお相手をお願いしたため、女中が自殺するという狂言で身の潔白を晴らそうとしたため大騒ぎとなり、阿Qは罰金まではらわされる羽目となりました。

?

実際、阿Qのような「閑人」(発作的シナ語講座23,?
hhttp://marco-germany.iza.ne.jp/blog/entry/116570/
 を参照ください)にとり、性をいかに解決するかは大問題でしょう。これも『楢山節考』がその答えの参考になります。

?

彼ら農村における「閑人」が、事あれば爆発することの内的圧力を高めるのに、性の抑圧が一役かっていると見て間違いないでしょう。

?

とくに農村では労働力として男子を尊び、女子が生まれると間引くことが普通のシナにおいては、適齢期になった男子に配偶者が不足する事は常態ですまして職も将来の希望もない「閑人」に、性のパートナーができる可能性は限りなく無に近いと見なさなければならないでしょう。

?

また間引きを免れた女子には、「童養媳」(発作的シナ語講座でとりあげる予定)として売られる運命がまま待っているのです。そして幼児期は家事や農事の手伝い、長じてはその家の息子の嫁となって性的奴隷の生活が加わるわけですから、シナの農村で女子に生まれる不幸を思うと、奴隷のなかの奴隷というその地位に同情を禁じ得ません。

?

そんな状況ですから、阿Qの子孫である彼ら彼女らが機会あれば狂ったように性に没頭するのも無理もないことではありませんか。


  1. 2007/04/04(水) 16:07:00|
  2. 魯迅
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魯迅を読み直す27、 花なき薔薇が刺すもの

「夢想千一夜の4、沈黙の群集」という駄文の最後に魯迅の文を引用したので、それについて述べておこうと思います。

?

?

あの六四虐殺、すなわち198964日の天安門広場とその付近における虐殺をCNNで見ながら、深い怒りと混乱に襲われました。

?

怒りとは、もちろん自国民を殺戮する軍隊に対してです。しかし、いわゆる「人民解放軍」が国軍ではなくCCPの私兵にすぎないことを考えれば、党に反対するものを弾圧殺戮することは、決して褒められた事ではないにせよ、当然あるべきことだと納得せざるを得ませんでした。要は、武装した独裁政党に素手で立ち向い反対意見をのべたその結果を赫々と見せつけてくれただけのことなのです。

?

混乱とは、このおぞましき光景はどこかで見た、というデジャヴィに襲われたからでした。

?

そしてすぐにも思い当たったのが1926318日に発生した「三一八事件」のことでした。

?

「三一八事件」とは、魯迅が「民国以来もっとも暗黒な日」と形容した政治事件で、時の段祺瑞軍閥北京政府が徒手空拳で請願デモをおこなった学生・市民に発砲し惨殺した事件です。死傷者数は数百人といわれています。

?

魯迅は、雑誌連載中の≪花なき薔薇の二≫(つまり棘のみ)というコラムを、「いまや花なき薔薇など書いている時ではない」とそれまでの文意を中断し、その事件に対する怒りを書き記し、続けて≪死地≫、≪劉和珍君を記念する≫などの一連の軍閥政府を非難する文章を書きつづったのでした。

?

六四虐殺のその晩、あたしはそれらの文章の収められた巻を魯迅全集から抜き出しくり返し読むことで憤りを押さえつけ(他に何ができたでしょう?)、そしてシナは「革命」の前後でなにも変わっていない、ただ民衆を殺戮する政府があるだけだ、革命とは奴隷主が交代するだけの事だと、力なく確認するだけでした。

?

「もし中国がなお滅亡に至らずば、これまでの史実が我々に教えるのは、将来のことは屠殺者の思いのほかに大きくはみ出すであろう・・・・

これは一つの事の終わりではなく、一つの事の始まりなのだ。

墨で書かれた謊言は、決して血で書かれた事実を覆い隠す事はできない。

血債はかならず同一物で償還されねばならない。払いが遅れるほどより多くの利息を払わねばならない。

?

以上はすべて無駄話である。筆で書いたものが何の関わりがあろう?

?

実弾が撃ち出したものは青年の血である。血は墨で書いた謊言を覆い隠せないばかりではなく、墨で書いた挽歌に酔うこともない。威力もそれを圧しつけることはできぬ、なぜならそれは騙せもせず、打ち殺すこともできないからだ。 三月十八日、民国以来もっとも暗黒な日に記す」(≪花なき薔薇の二≫)

?

「しかし私は実際に語るべき言葉をもたない。ただこの住むところが人の世でないことを知るのみである。四十数人の青年の血が私の周囲に洋溢して、私をして呼吸すること、見ること聴くことを困難にする。どこに言うべきことがあろうか?」

「惨状は、私の目をして見るに忍びざる。流言は、私の耳をして聴くに忍びざる。他に何を言うべきことがあろうか?私は衰亡する民族の所以は黙って声なきことに由来すると知る。沈黙よ、沈黙よ!沈黙の中で爆発するのでなければ、沈黙の中で滅亡するのだ。」(≪劉和珍君を記念する≫192641日記)

?

実を言えば、高校生のあたしは魯迅のこれらの文章を読むことで、シナ学を勉強してみようと決心した、いわばおいちゃんの「減点」(原点の誤り、故意にですが)だったのです。

あたしの知り合いのあるシナ人も、あの六四虐殺のあった日、すぐさま魯迅のこれらの文章を思い出したそうです。

日本とシナと国を隔てていても、心の通い合う事もあるのだと、その時は思いました。というよりむしろ、その時のあたしは魯迅を通じてシナの友人達に近付いていたというべきでしょうか?

  1. 2007/03/11(日) 21:15:00|
  2. 魯迅
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魯迅を読み直す 26,革命、革革命、革革革命

Qについての散歩の途中ですが、ちょうど『周恩来評伝』が「四一二政変」にたどり着いたので、ここで魯迅センセーに登場していただき、いささか「革命」について述べていただきましょう。

 

シナ語の「革命」とは、以前にも述べたとおり、「命を革める」すなわち天と皇帝の盟約を書き直す、つまり皇帝の姓を代える、という意です。

 

これが「Revolution」の意で用いられるようになったのは、シナではいったい何時ごろからの事でしょうか?他の社会科学系の語彙が日本からシナへと輸入されたように、この「革命」もまず日本の近代化時に「Revolution」の訳語として用いられ、さらにその訳語もシナへともたらされたのかもしれません。

 

シナでも「革命」を元来の意と「Revolution」を含めて、あるいは得意の「ご都合主義」によりうまく使い分けているのかもしれません。

 

いまは、「国民革命」についてです。

 

辛亥革命」は、満洲人の王朝・清を倒す「革命」でした。孫文が指導されたとされています。がしかし彼は国家を統治するための十分な武力をもっておらず北洋軍閥の巨頭・袁世凱に頼りました。ですから中華民国の初代大統領は袁世凱でありました。

 

袁は、1915年、中華民国を中華帝国とし、みずから皇帝に即位し、元号を洪憲としました。

 

このことから、袁の理解する「革命」がシナの伝統的な「皇帝を代える」というものであったことがわかります。

 

「国民革命」は、軍閥割拠の国を統一し国民国家建設をめざすものでした。その主体は、もちろん中国国民党(KMT)です。この「革命」とは「Revolution」の意であったかも知れません。

 

肝心なのは、KMTに反対するものは「反革命」となることです。

 

現在、シナ大陸を統治する中国共産党(CCP)は、自らを中国革命の主体と見なし、CCPに挑戦、反逆するものはすべて「反革命」と見なすことと、その言葉のロジックにおいて何の差異もありません。

 

すなわち、自己が「革命」主体なら、敵は「反革命」、これです。

 

さて、以上を念頭において以下の魯迅の短文を吟味してください。

 

 

「革命、反革命、不革命。

革命者は反革命者に殺される。反革命者は革命者に殺される。不革命は革命者とされて反革命者に殺されるか、反革命者とされて革命者に殺されるか、あるいはまた何でもないものとされて革命者か反革命者に殺される。

革命、革革命、革革革命、革革・・・・・。(『小雑感』1927年12月17日≪語絲≫に発表。のちに≪而已集≫に収められる)

 

 

最後の呪文のような、「革命、革革命、革革革命、革革・・・・・」が不気味な響きをもってフェイズアウトして行きます。シナ語で発音すればgeming, gegeming, gegegeming, gege・・・・・」と。

 

そこには、だれが革命でだれが反革命で、あるいはだれが不革命であるか何の意味も無いような言葉だけが浮遊する政治状況が端的に表現されています。

 

その言葉だけの内容の無いシナの政治状況は、ごく最近の「反日愛国」デモでもイカンなく発揮されましたし、「文化大革命」なども「文化」と「革命」ともに空っぽな、いわば言葉を強姦するような、絞殺するような出来事でした。

 

おめでたいお人よしの隣国人は、当時、いかにもまともに「文化」の「革命」とはすごいことだ、偉大な事業だと信じ込んでいたことでしょう。

 

「愛国」だってそのとおり、あれらのデモ参加者のうちでどれほどの者が真に愛国者であったでしょう?おおいに疑問であろうと思われます。

 

 

さて、「四一二政変」に戻りましょう。

 

蒋介石軍が、共産党員とそのシンパを捕らえ処刑したさい、被処刑者にかぶせた罪名は「反革命」でした。いかに彼ら被処刑者が自らを「革命者」と信じていたにせよ、「国民革命」の指導者・蒋介石に反対するものは「反革命者」として殺されるのは蒋介石側のロジックからすれば当然でしょう。

 

それは、「革命者が反革命者に殺され」たのでしょうか?または、「反革命者が革命者に殺され」たのでしょうか?

 

じつは、どちらも同じ事であるとは、もうお解かりでしょう。

 

魯迅が撃っているのは、まさにそのような言葉の状況であったのです。

  1. 2007/03/01(木) 22:27:00|
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プロフィール

丸山光三

Author:丸山光三
世界は変容する。変容させようとする力が作用するからだ。しかし、かってにそうはさせまいとする吾等の力を示そう。世界はやつらのものではなく、けっきょくは吾等のものであるべきだからだ。

イザ・ブログ消滅にともない<丸山光三或問集(旧マルコおいちゃんのヤダヤダ日記)><アムゼルくんのブログ>を吸収合併。

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