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『食人宴席』5,  『紅色記念碑』へ


しばし『食人宴席』を休んでいるあいだに、とうとう『紅色記念碑』を入手しました。、「『紅色記念碑』は686ページの大著であり、いずれ完訳したいと考えている。」と黄文雄氏が述べられたとおりずっしりと読み応えのありそうな一書です。

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それというのもその量ばかりではなく、今まではざっと目を通してみただけですが、内容が驚くべきものであるからでした。その内容に触れる前に、二点ばかり気が付いた事をのべてしまいましょう。

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1)黄文雄氏の訳出した部分について。

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黄文雄氏は、「本書は『紅色記念碑』(1993年7月15日刊、台湾・華視文化公司)の第一章、二章、三章および十三章を訳出し、(中略)としてまとめたものである。新書版であるために、一部、割愛せざるをえなかったが・・」と紹介されましたが、原書は実は十二章までしかありません。

そして黄氏が訳されたのはどうも十一章【馬克思孔子】らしいのです。また訳出された部分もかなりの省略がされており、「新書版であるために、一部、割愛せざるをえなかった」ことが歴然としているようです。

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2)鄭義氏が紅衛兵として広西入りした時期について。

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「1968年・・・私は文化大革命(以下、文革)のときに、広西省チワン族自治区(以下、広西)桂林に一回いったことがある。桂林市内および周辺拠点は当時、すでに文革の真っただ中で、紅衛兵たちによって占領され、騒々しい世の中であった。私は、首都精華井岡山の紅衛兵として広西にはいったのだった。」

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という期日に疑問を呈し、「彼が広西に入ったのは66年であろうと推測します」と述べておきましたが、原文を見てその疑問が氷解しました。鄭義氏は以下のように書いているのです。

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偶然,我在文化大革命中去了一趟桂林,那時一九六八年。並無非去不可的理由,但却去了,並驚莫名其妙地發現那是一座被圍困的城市.屬於廣西[二二]派觀點的[桂林老多]正節節戰敗,被勢力強大並得到軍方支持和武裝的[聯指],壓迫到城市中心地帶.(中略)雖然我是首都紅代會清華井岡上的紅衛兵,曾介入過外省的運動,卻從未與廣西兩大派有過任何過節.於是打算亂中取靜,領略一番奇山異水的桂林風光.

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「偶然、わたしは文化大革命中に一度桂林にいったことがある。それは一九六八年であった。いかなければならぬ理由があったわけではない、でもいったのだ。そして驚き怪しみ何もわからぬうちにそこが包囲された街であることを発見した。広西「四・二二」派に属する観点の「桂林老多」はまさに次々と戦敗し、勢力強大なしかも軍の支持を受け武装した「聯指」派に市中心地帯に押し込まれていた。(中略)わたしは首都紅代會精華井岡山の紅衛兵であり、かっては外省の運動に介入したがあるとはいえ、広西の両大派とはいかなる関係ももっていなかった。そこで乱中に静を求め、奇山異水の桂林の風光を会得しようとした。」

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とある政治状況からみて、それはやはり1968年のことであったのです。黄文雄氏が省略した部分に答えがあったというわけです。

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さて内容ですが、食人はその一部にすぎず、鄭義氏はそのような惨事を惹き起こしたシナ社会の構造を解き明かさんと、「文革」と「大躍進」、またそれを煽動した毛沢東その人とその政治システム、マルクス主義と孔子、漢文明の構造など共産党支配下のシナとその問題の淵源を解剖分析しているようです。

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それは、以前すこしふれた事もある『河殤』(蘇曉康作)とあい通じるシナ観、世界観でもあるようです。同じ時期に活躍し、胡耀邦死去にともなうあの天安門民主化運動に参与した両者ゆえ、それも理由無きことではないかもしれません。

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ということは、本書はただ食人のみにとどまらずシナ文明の根幹に関わる問題を提起しているのです。この書を読み解く事はおそらく長い作業を要するでしょう。

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故に、このエントリーを一旦停止し、まずは本書を読み込むことにしたいと思います。あしからずご了承お願いいたします。

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準備が整い次第、『紅色記念碑』(『食人宴席』原著)を読む、として再開したい考えです。


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  1. 2007/03/30(金) 08:49:00|
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胎児食、シナの食人・番外編


mizoさんの「フテキセツなブログ」に興味深いエントリーがありました。

?? ?肉做? ??lang="ZH-CN" style="mso-fareast-language: ZH-CN; mso-fareast-font-family: 'MS Mincho'">  

http://futekisetu.blog.shinobi.jp/CommentForm/460/

しかし、たぶん翻訳ソフトを使用されたためか、読みにくい日本語なので、顰蹙をかうのも省みずあえて和訳を試みてみました。いくらか読みやすくなったとは思いますが・・・。以下シナ文和文併記でどうぞ。


近几年来的中国大?,一直都?存在有?人吃?尸来???身。壹刊最新披露,广?地区不但有人把新??儿胎?当作是???身的食物,甚至乾脆直接把堕胎下来的?尸烹煮成美食来品,而且想?的人?之若?,甚至?得透?医院排???。壹刊并??前往?宁探??、吃????尸的情形,整个画面惨不忍睹。 

 

ここ数年来のシナ大陸では、いまでも金持ちが美顔や栄養補給の為に赤ん坊の死体を食べることが行われている。(香港の)壹刊の最新記事によると、広東地区では、新鮮な赤ん坊の胎盤を美顔や栄養補給の為の食品と見なすだけではなくて、甚だしきは、はっきりと直接堕胎した赤ん坊の死体を料理して美食とみなしている。しかも新奇をもとめる人は後を絶たず、甚だしきは病院のコネを通して並んで買わなければならないほどである。壹刊はさらに実際に遼寧省に赴き、赤ん坊料理、赤ん坊食、また赤ん坊の死体遺棄の状況を探っている。それらの様子は凄惨で見るに忍びない。 

 

 

据壹刊??,今年一月在一?台商宴客中,一个在台商家里帮佣的?宁人刘姐无意?透露,目前在?宁吃?尸的情形仍然非常多???最近自己身 体不好,打算?年回老家吃???身体;??率直的?出大??况,??的台商夫人?,吓得?不出?来。 

 

壹刊の報道によれば、今年1月にある台湾商人が客を招いて宴を張る中で、その台湾商人家庭の使用人である遼寧人の劉さんがふと漏らしたところでは、今でも遼寧では赤ん坊の死体を食べることは依然として非常に多く、また最近彼女自身も身体の調子が悪く、年越しの帰省の際は赤ん坊の死体を食べて体をすこし補うつもりだという。こんなに率直に大陸の現況を語り出したので、居合わせた台湾商人の夫人達をして口もきけないほど驚かせたということだ。

 

 

刘姐?表示,目前大家都出得起???(指?胎),但是?由医院控制 着,而且很多人排?等着,与医院有??会有“好?”。而好?一般指数??,肉?多的?儿,同?因重男?女十分? 重,男?尸更被奉?圣品。 

 

劉さんはまた、今はみんながお金を出して商品(胎児を指す)を買うことが出来るとはいえ、商品は病院によりコントロールされており、その上多くの人が並んで待っていて、病院とコネがある人がやっと「よい商品」にありつくことができる、といっている。よい商品とは一般には、大きめで、肉つきのいい赤ん坊を指し、同時に「男尊女卑」が甚だしい。男の赤ん坊の死体が極上品とされるそうだ。

 

 

在壹刊?者的要求采?下,刘姐???者前往?宁料理?尸的地点。??看到一?尸的大?将男??成肉泥包水?,并切下胎??。而人肉水?外表与平常水?并无太大差异,只是内??色明???程中,那位大??好意安?大家?:“?只是高??物,不用怕。” 

 

壹刊記者のインタヴューでの要求で、劉さんは自ら遼寧へと赴き、記者を赤ん坊の死体を処理する場所へ連れて行った。現場では赤ん坊の死体を調理するおばさんが、男の赤ん坊の肉をすりつぶしたものを水餃子を包むところと、胎盤を切って煮てスープを作るのを見た。人肉の水餃子のうわべは普通の水餃子となんら変わりは無く、ただ中の餡の色が明らかに赤みを帯びているだけである。調理の過程で、そのおばさんは好意でみんなを落ち着かせる為に、「これはただ高級な動物だから恐れる必要はないよ」 と言ったそうだ。

 

 

吃完之后,剩下的?儿残骸随着?北人?俗,拿上山火葬,整个?程,令人指。 

 

食べ終わった後、赤ん坊の残骸は東北人の習わしに従って、山に持っていって火葬にするという、それらの過程は人をして怒り心頭に発させる。(令人発指の誤植

 

 

?上,中国??尸,喝??的消息?有所?,网路上???一名所???家,把吃?尸当作???拍成影片供人?? 

 

たしかにシナ大陸では赤ん坊の死体を食べ、赤ん坊のスープを飲むというニュースが時々伝わるが、ネット上ではかつて一人のいわゆる芸術家が、赤ん坊の死体を食べることを芸術として、映画まで撮って人の観賞に供した。 

 

 

2003322日,广西?阳民警在一?由广西玉林?往安徽亳州的??大客??用旅行袋打包?运的28?儿,年?最大的也不?3个月,全是女?。不少?儿由于被三四个?装在一个旅行袋内,已奄奄一息,并且?些女?都无人?? 

 

2003322日、広西賓陽(注、『食人宴席』の舞台)の人民警察が、ある広西玉林から安徽亳州に向かう寝台車の旅客から、旅行バッグに梱包され密輸されようとする28人の赤ん坊を押収した。年齢最大でも3ヶ月を越えず、すべて女の赤ん坊だった。多くの赤ん坊は3,4人一緒に1つの旅行用バッグの押し詰められ、すでに気息奄としていてという。しかもこれらの女の赤ん坊はすべて引き取り人があらわれなかった。

 

 

2004109日上午,酒泉市?州区一名拾荒者在市郊一个垃圾箱内惊?一堆被分解的?儿尸体碎尸,更令人惊奇的是,被分解的肢体中,竟然有2个?袋、2具躯干、4支胳臂、6条腿。据?????情况??,小孩是被肢解后煮熟的,??不超?一周。 

 

style="mso-spacerun: yes"> 2004109日午前、酒泉市・粛州区のあるくず拾いをする者が、市郊外のあるごみの箱から分解されて切り刻まれた赤ん坊の死体を発見した。更に驚かされることは、分解された肢体の中に、意外にも二つの頭、二つの胴体、4本の腕、6本の足があったことだ。特別調査グループの現場検証によって実証されたのは、子供がばらばらにされた後に煮こまれており、(遺棄されてから)時間は一週間を越えないということだ。 

 

 

 

而在广?台商中,一直流?着一个?人听???潮流──??。花三四千元人民?,就吃到一盅用六七个月大的?儿炖成的??。几个月大的?儿,加入巴戟、党参、当?、杞子、姜片,加入?肉排,炖八小?,很能?气、?血。并且有多????片在网上流?,画面惨不忍睹。 

 

広東での台湾商人の中で広く伝わっている、世間をぞっとさせたのが一歩進んだ補養の潮流──胎児のスープである。3000から4000元の人民元を支払えば、1壷の6,7ヶ月の胎児を煮込んだスープを食することができる。

ヶ月かの大きさの胎児に、巴戟、党参、当帰、杞子、ショウガとさらにトリガラ(訳注、お師匠、完全な誤訳ですよ気をつけて)を入れて8時間煮込むと、よく気を補い血を養う(スープが)できる。しかも多くの現場の写真がネット上で広く伝わっており、その画面は凄惨で見るに忍びない。 

 

 

中国?从毛??文革?大力鼓吹生小孩后,大?人口激增,造成?多社会???然大?明文?定禁止吃?,但是却是鼓励堕胎,同?社会道德的直?下滑,????人性和?反人?的事情屡屡?

 

 

シナ大陸では毛沢東の文革時に大いに子供を生むことを鼓吹したため、大陸の人口は激増し、多くの社会の問題を作り出した。大陸の明文規定では赤ん坊を食べることは禁止とはいえ、しかし堕胎を奨励しているため、同時に社会道徳はまっすぐ滑り落ち、このような人間性を喪失し人権に背くことがたびたび発生することを招いているのだ。



以上。

写真は、「フテキセツなブログ」でどうぞ。

  1. 2007/03/23(金) 10:53:00|
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『食人宴席』4,上林県の場合

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「上林県では、たしかに食人事件があっただけではなく、さらに人の肝を食った話が多い。しかし、それを事件として残している資料はすくなかった。」として、賓陽県に鄭義は続けます。

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上林県では文革当時、1906人が殴殺されている。1968年7月から8月の二ヶ月間で1100人が殺害された。」

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それは、例の「広西土皇帝」と呼ばれた韋国清に反対する「造反派」を、韋国清が軍隊とその手先を使って虐殺していた時期にあたります。

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鄭義がインタヴューした上林県の莫副書記によると、食人事件は少なくないそう、ですが結局うやむやにされた模様です。

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そのうち莫副書記が言及した実例として、

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【上林県龍祥大隊事件】

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「龍祥大隊事件は、被害者が小派(引用注、「造反派」)で、殺人者は、被害者がまだ生きているのにナイフで肝を取り出し、しかも、肝を取り間違って、肺を取り出したので、もう一度、肝を取り出しに行ったところ、被害者はまだ絶命していないで、目玉がぎょろりと動いていたという。」

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描写にかなりリアリティのある話ですね。

次は、鄭義が食人者に直接インタヴューした例。

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【上林県木山虐殺事件】

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「「木山大虐殺」事件の食人者の一人である謝錦文に会った。彼は当時、革命委員会主任(引用注、「文革」時、「実権派」から奪権した行政体は「革命委員会」に再組織された。その主任とは行政体の長。村なら村長。)で、その後、また大隊支部書記になった。この人の表情には、殺気が残り、鋭い警戒の目でわれわれ(引用注、鄭義とその妻・北明)を見ていた」

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「しかし、私が、なぜ人間を食べたのか、と細かいことについて尋ねると、彼はやっと気持ちが軽くなったようで、彼は食人について、むしろ積極的に語り始めた。」

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おわかりでしょうか?かれは殺人についての追求を恐れてはいたものの、食人ならまあいいか、と軽く考えているのです。そしてその話とは、彼が共産ゲリラだった時、

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「1948年、あるスパイが国民党の警察を連れてきて人を捕らえに来たので、彼らはそのスパイを殺し、腹を割いて、彼の肝を食ったという。」

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「私は話している間に突如、彼に聞いた。

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「過去に食った人間の肝は、かまどで焼いたほうがおいしいのですか、あるいは煮たほうがおいしいのですか」

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もちろん、焼いたほうがおいしいし、香ばしい。しかし、なまぐさいこともある。

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これもまたリアルさにあふれ嘘とは思えません。事実でしょう。

さて「虐殺事件」ですが、それは1968年8月7日に起りました。武闘犠牲者のための万人追悼大会が木山中学校校庭で開かれたそうです。(時期とその内容からして、自派の犠牲者のための「造反派」にたいする復讐大会だったと考えられます。)

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その日処刑された者は72人、翌日とあわせて150余人が殴殺されたそうです。

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「批判闘争大会の後、夜、糾察隊が来て、肝をえぐり取り、大隊で煮てから十数名がそれを分けて食べた。しかし、人の肝を食った二人の党員は処分されたが、群衆に対しては処分することはできない。(中略)人の肝を食った二人の党員のうち一人とは、私があったばかりの謝錦文であった。」

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とすると、いわゆる「処分」といっても、それはかなり軽いものであったことがわかります。興味深い内容なので、今回はつい引用が多くなってしまいました。みなさん、できれば『食人宴席』を入手され一読されてみてください。


おまけ

  1. 2007/03/21(水) 16:03:00|
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『食人宴席』3


鄭義が記者証をもって
広西を取材したのは86年と88年の二回ですが、武装闘争と虐殺、食人事件から約20年後、「文革」終了から10年後のことでした。

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この本の出版は93年、いまから振りかえると、みなつい最近のことに思えてなりません。

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事実、長い歴史のスパンからみれば、ほぼ同時代の出来事といってもよいでしょう。その感覚は若い方々にはわかりにくいと思いますが、その時代を生きてきた年代の方々には、まさに同時代そのものではないでしょうか?

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シナではその時代にも食人は行われていたのです。今まで見てきたような古代の話ではありません。

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本書は、93年の発行ですから、まだ古本屋さんでも手に入るでしょうし、オンライン・ショップでも出品されていますので、詳しくは直接紐解いていただくこととし、ここでは内容をごく簡単に紹介するに止めましょう。

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【賓陽大虐殺、中興人民公社の場合】

1968年7月31日。

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「呉徳新は、会場(注、階級の敵批判糾弾集会の会場)で、(中略呉日生ら四人の罪状宣告した後、群集の前に連れていって、批判し、殴り、蹴ったのだった。

「私は、包丁で呉日生の耳を切り落とした。この包丁は、彼を逮捕するとき、呉が使用して抵抗したものだ。糾弾した後、呉を石ころで殴り、そのとき、妻は、子供をおんぶして、さらに二人の子どももついてきたので、呉一家を殴殺した。もちろん、私が全員、殺したのではなく、私の後ろと周囲の民兵その他、多くの人々が石ころを持って呉日生一家四人を殴り殺したのである。

(中略呉日生を殴殺した後、私の心中はきわめて愉快であった。だからすぐ家へ帰って、ごはんをたき、いっぱい食べて、また殺害した人間を見物に行った。」」

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賓陽県(県は日本の県とは異なり村々の中心となる街程度の行政単位)の地方史・『賓陽県史』は文革後に新編集され、合計3951人が殺されたとしているそうです。

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以上に引用した殺人の様子、殺人者の得意そうな供述などから異常な雰囲気がしれると思います。

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この殺人者がその後どう処分されたかは定かではありません。異常事態の内になされた行為としてお咎めもなく、いまものうのうと暮らしている可能性もあるやも知れません。なぜなら、

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鄭義は続けます。

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「抗日戦争(ママ)のとき、日本軍に殺された人々は三百余人であった。(中略)しかし、なぜ平和のときに、アッという間にその十三倍もの人間が人民の私刑によって殺されたのか。」

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「「賓陽大虐殺」事件は1983年、やっと十五年後になって、賓陽県当局が文革中に無実で殺され、あるいは迫害で亡くなった3951人の全員を名誉回復し、(中略)名誉回復通知書を出した。(中略)さらに遺憾なのは、(中略)県でわずか56人を裁判にかけ、そのなかでたった一人の死刑という結果を生んだ。」

?

その一人が殺人者・呉徳新であったかどうかは不明であるからです。

?

このような殺人が政治的に許され、というよりも党の指導により行われたことにより、呉徳新のように殺人を愉しむもの(何か個人的な恨みをその機会に晴らしたのでしょうか、でなければ理解不能な殺人後の行動です)、政治的立場を立証するため殺人に加わるもの、わけもわからず他に追従するもの、などの有象無象がおおぴらに殺人を行う事になりました。

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そこから如何にして一挙に食人に至ったものか、やはりそれは文化的歴史的な遺伝子が働いたと見なすのが適当でしょうか?

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あたしのヒポテーゼでは、文革」数年前の例の「三年大飢餓」を食人によって生き延びた(人々というにはもったいない)ものたちが、味をしめてまた食人してみたくなった、というのですが、後に検証することに致しましょう。


お口直しのための、おまけ

  1. 2007/03/18(日) 23:33:00|
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『食人宴席』2


訳者・黄文雄氏によると、

 

「本書は『紅色記念碑』(1993年7月15日刊、台湾・華視文化公司)の第一章、二章、三章および十三章を訳出し、(中略)としてまとめたものである。新書版であるために、一部、割愛せざるをえなかったが、『紅色記念碑』は686ページの大著であり、いずれ完訳したいと考えている。 1993年11月」

 

とあるので、黄先生は原書が出版されてすぐに訳出にかかられたようです。その後、完訳を出版されたとは聞いておりません。

 

そこで当初の予定では、この『紅色記念碑』の訳されていない部分を紹介する予定でいました。というのは、この原書、あたしは実は未見なのですが、知人で原書をおもちの方が親切にもその原書をお貸しくださるというので心待ちにしていましたが、あいにく未だ入手しておりません。故に予定を変更せざるをえなくなりました。

 

そこでまず黄文雄氏の翻訳された部分の主な部分を紹介し、原書を入手次第、随時継続したいと思います。その際は、『紅色記念碑』(『食人宴席』原書)を読む、というタイトルになると思います。

 

さて始める前に、事件の舞台となる広西省の「文革」時の状況をざっとおさらいしておかねばならないでしょう。

 

広西省は、名の通り広東省と隣り合った省で、PRCの正式名称では「広西省壮族自治区」です。あの有名な桂林は広西省にあります。

 

鄭義は始めの部分で「文革」時のことに触れています。

 

「1968年・・・私は文化大革命(以下、文革)のときに、広西省チワン族自治区(以下、広西)桂林に一回いったことがある。桂林市内および周辺拠点は当時、すでに文革の真っただ中で、紅衛兵たちによって占領され、騒々しい世の中であった。私は、首都清華井岡山の紅衛兵として広西にはいったのだった。」

 

1968年といえば、もうすでに紅衛兵の出番がおわり、毛沢東と「文革」推進グループは7月27日、「人民解放軍」による「毛沢東思想宣伝隊」を各大学に進駐させ事実上軍制下に置き、紅衛兵の対立抗争で混乱していた状況を収拾しようとしていました。

 

文革当初は、「経験交流」と和訳される「大串連」da chuan lian)が盛んで、それは文革派の戦略でもあったのですが、特に首都の紅衛兵が地方へ「革命」の種を撒きにでかけていたわけです。


がそれも1967年の春、中止の指示がでてからは収束したはずですので、68年、
鄭義が清華大学の造反組織・清華井岡山の紅衛兵として広西にはいった、というのは事実誤認かもしれません。

 

また、67年夏以降、「中央文革小組」(文革時の事実上の党中央)の指令により軍隊が左派(造反派)を支援したため、各地で「造反派」が「実権派」に対し武闘をしかけ極度の混乱、事実上の内乱状態へと突入します。



毛沢東
韋国清


その際、広西では、壮族出身でヴィエトナム独立戦争支援で戦功を挙げ、省長、省第一書記を歴任し「広西土皇帝」「広西不倒翁」と呼ばれた事実上の地方軍閥・韋国清が軍隊を用いて「造反派」を惨殺し、九万人とも十万人ともいわれる「広西大虐殺」を行っていましたから、その点からも68年に北京から広西に入ったとも思われません。

 

故に、彼が広西に入ったのは66年であろうと推測します。がしかし、それは本流の問題ではなく、以上のべたような広西での「文革」の大まかな輪郭をつかんでもらえればよく、鄭義がはいった広西の状況を知ってもらえればいいでしょう


  1. 2007/03/16(金) 21:15:00|
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Author:丸山光三
世界は変容する。変容させようとする力が作用するからだ。しかし、かってにそうはさせまいとする吾等の力を示そう。世界はやつらのものではなく、けっきょくは吾等のものであるべきだからだ。

イザ・ブログ消滅にともない<丸山光三或問集(旧マルコおいちゃんのヤダヤダ日記)><アムゼルくんのブログ>を吸収合併。

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