変容する世界

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【シナの変容】 あるプラカード

本日、Facebookの「お友達」から以下のような写真がシェアされてきた。

 

 

 

この写真は北京現地に駐在しておられるトヨタ自動車の方が撮影されアップしたようである。

 

許可は得ていないが拡散に値すると思うので以下にその内容をコピペする。

 

<転載開始>

 

携帯
22時間前Wangjing, Beijing近辺


今日のデモで写真のようなポスターを自作して参加した、勇気ある女の子がいました。
デモの途中、文化レベルの低い中年男性に罵声と共に破り捨てられ涙を流していたといいます。
こうした事実は中国でも日本のメディアでも取り上げて欲しいと思います。
ポスターに書いてある中国語は下記のような内容です。

【日本語訳】
私たちは戦争も地震も水害もすべて経験した。
今はファシストじゃない。
私たちの領土は殴ったり、壊したり、燃やしたりすることで守るものではない。
今は文化大革命じゃない。
北京のオリンピックは全世界がみていました。
お願いだから傷つけるのを止めてください。
私たちの祖国は愛で満ち溢れていることを思い出してください。

 

<転載終了>

 

 

数日前にも、暴動の跡地で掃除をし、「暴力反対」のプラカードを掲げる若い人々の写真がネット上で拡散されていた。

 

おそらく暴力的シナというイメージが世界に広がるのを憂える人々なのであろう。その愛国心の善意を信ずる。

 

2005年のいわゆる「反日デモ」では見られなかった、あるいは存在したが無視された、あるいはネットが今ほど発達していなかった理由から外部には知られなかったのかも知れぬが、今このような人々が出現したことは、わたしが期待する「シナの変容」が着々と進捗していることを表象しているのだろうか。

 

シナも変容するし世界も変容するのである。

 

 

 

 

(注)よろしければ、わたしの過去記事を以下のフォルダーで再読してみてください♪

シナの救済(シナの変容)

 

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  1. 2012/09/19(水) 11:48:00|
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中共メディアが日本人の冷静さ秩序正しさを賞賛、しかし、嗚呼勘違い

中国、日本人の冷静さを絶賛「マナー世界一」

(三月十二日)とか

 

中国、日本の秩序や防災対策を称賛 同じ地震大国、連日トップ報道

(三月十七日)とか、

 

サンケイは最近しばしば同様の記事を掲載している。その意図はどうあれ、その内容で気にかかった点を指摘しておきたい。

 

それは、以下のような部分である。

 

 

(こうしたマナーの良さは)教育の結果

 

とか

 

「長期にわたる国民教育の成果と、技術面での地震予防対策の進歩」が日本の優れた防災対策の背景にある

 

といった誤解のことである。

 

 

 

日本人のこの冷静さや秩序だった行動は、「教育の成果」などという底の浅いものではない。

 

それは日本という歴史文化的土壌に生まれ育った人々が共有する社会行動様式、すなわちエートス(Ethos, ?θος, ?θος)なのである。

 

 

この社会学的概念がどうにもシナ人諸君にはなじめないらしい。

 

それは一朝一夕で実現できるものではなく、その民族・歴史・文化と密接に結びついたものであり、その民族の文化の内実その物ともいえるものである。

 

 

さてここで注目すべき点が二つある。

 

 

)シナ人が日本人のエートスというものに注目し賞賛していること(少なくともメデイアにおいて)

 

個人的にはシナの友人知人からは、この文化的差異については今まで沢山の驚嘆や、またシナ自身のそれに比しての卑下をともなう自己批判も聞いてきたが、それはあくまで個人的交流の場に限られていた。

 

しかし今の国難に際してわが国民が見せる質の高いエートス(この場合はモラル・道徳倫理として現れる)をシナ公式メデイアが賛揚している。

 

それすなわち自国と自国民への間接的批判である。なぜシナ人にそれができないのか、という。

 

 

 

2)シナメデイアは自国民を教育せねば、と考えている

 

シナのメデイアはすべて中共宣伝部の指導を受けているから、それはすなわち党の意思である。

 

近くは四川大地震において、シナ人自身の麗しき相互扶助もあった。がしかし報道されないゲンジツにおいて、今日本人が世界中に見せつけたエートスとは真逆のエートスの発露があったことが容易に想像される

 

そしてそれらのシナ的エートス(暴力的、無政府的、無秩序)は直接に中共統治に悪影響を及ぼす、ゆえに人民を教育せねばならない、という思考ロジックであろうか。

 

しかしそれは成功すまい。

 

エートスとは教育で矯正できるほど根が浅いものではなく、マックス・ウェヴァーによれば800年から千年単位でゆるやかに変容してゆくものだからだ。

 

いずれにせよシナ人諸君が彼我のエートスの差異にに気づいてくれたことを素直に喜びたい。人民を教育しよう、といういかにもシナ的なエートスによる方法論は誤ってはいるが、その日本に学ぼうという指向性は正しい

 

道は曲がりくねってはいるであろうが、わたしのいう「シナの変容」にむけて、シナ人諸君におかれては粛々と歩み続けて欲しいものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 2011/03/17(木) 19:52:00|
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「中国病」に対する自己免疫をすてさるシナ

年があらたまったのですでに旧聞に属するのだろうが、どうにも気になることがあるのでここに記すことにする。

 

わたしとしては数年来このブログにおいて述べてきたことをいまさら繰り返す心算はないのだが、最近の情勢をみていると中共政権がかなり追い詰められているような気がする。

 

それ自体は好ましいのであろうが、しかし追い詰められた鼠はネコを噛むというではないか、その結果が心配なのである。

 

さてしかし、気になることというのはそれではなくて、「消える魯迅作品」という12月30日に配信された上海・河崎真澄記者の記事であった。

 

結論から述べれば、それは江沢民が始めた政権維持策としての反日愛国教育がとうとう反魯迅にまでいたった、ということだ。

 

魯迅こそ最良の「シナにつける薬」とわたしは今でも考えている。

 

魯迅は、清末民初の混乱するシナが「中国病」から覚醒し新生しようとした時に、シナ自身が生み出した自己免疫なのである。

 

それは「革命成功」に目が眩んだ中共が忘れ去ろうとした体質でもあった。だからそれを想い起こしてもらうことが、シナ人諸君にとって良薬になるであろうと考えていた。

 

しかし「良薬口に苦し」であるから、その苦さを避けようとするのは当然かもしれない。

 

中共政権がそれさえ捨て去りその「中国病」をしてさらなる重篤状態へと至らせようとするなら、わたしはもう「シナにつける薬」も「シナの救済」ということなども考えることは放棄しようと思う。

 

それでも、「魯迅の出身地のネットサイト浙江在線は「魯迅による(中国の)国民性への批判を忘れて祖国の発展はない」と、削除反対の論評を掲げている。経済力をバックに国際的発言力を強める一方、内外からの批判を受け入れなくなった中国社会を問題視し、削除反対の立場を明確にした。」という声も聞こえるのでまったく希望はないともいえないのだろうか。

 

魯迅はいった。「絶望の虚妄なること希望とあい等しい」と。

 

絶望もせず希望も持たずシナに対処することはムツカシイ。心あるシナ人諸君にとってはなおさらにそうであろう。

 

せめてまだそれらの人々の中に魯迅は生きているのかも知れない。

 

魯迅を救え!

 

  1. 2011/01/05(水) 22:33:00|
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概念の遊戯


北京からやってきたある文献学者と話をしていて、ずいぶんと啓発されることが多かった。

 

そのことを書こうと思ったが、やはりここしかふさわしい場所がない。そこでまたもや休止破りをすることになった。どうか諒とされたい。

 

文献学というものは、西尾幹二氏の『江戸のダイナミズム』(文芸春秋)に興味深く記されているとおり、日本と西洋とそしてシナという三つの文化圏に発達した学問である。

 

シナにおけるそれは、いわゆる「清朝考証学」という大山脈が、現在にいたるまでシナにおける学問的性格を決定づけている、といってもいいほどの精神的影響をシナ文化におよぼしていると思う。

 

とはいえ、わたしはそれについてどうこうするほどの専門知識を有しているわけではない。上記、西尾氏の著書などを拝見しておもしがる程度のものなのだ。

 

 
写真と記事は関係ありません。


さて、彼女はその専門領域の要求する学問的冷静さによるものか、また多くの学術交流のための海外研究施設訪問によるためか、狭い「愛国主義」にとらわれない広く深い見識をもっていて、わたしは素直に敬服しているものだ。

 

話は、彼女のハーバード大学訪問時に知り合った杜維明氏についてであった。杜維明氏については、わたしもかって拙い一文を書きなぐったことがあるので、参考にしていただければ幸甚である。URLは以下である。

 

「文化中国」という侵略思想

http://marco-germany.at.webry.info/200710/article_25.html

 

そこでわたしは、杜氏の提起する「文化中国」(Culture China)という概念についてのきわめて簡単な批評をしておいたつもりだ。

 

彼女の話がハーバード大学での研究生活におよんだついでに、わたしは杜維明氏にあったかどうかたずねてみた。答えはもちろん然りであった。

 

そして彼女は尋ねられもしないのに杜維明氏にたいする、一種の不信感といってよい意見を述べるのだった。彼女の文化意識をつよく刺激するものが杜氏との交流で発生したらしいのだ。

 

彼女によれば、杜氏は結局のところシナを真には理解していない、ということらしい。

 

台湾で育ち教育を受け、米国へ留学しそのまま米国に居住する杜維明氏の精神生活上の「シナ経験」、すなわちシナに関する実存的体験は、おそらく読書と学術交流に限られており、それゆえ、氏がシナのことをほんとうに理解するのはどだい無理な話で、その所説は「概念の遊戯」に等しいものではないか、ということであった。

 

わたしは、彼女の話から、靴を隔てて掻いていた足先にキツイ水虫の薬を塗布されたような快感を知らずと覚えた。

 

個人的には近来まれにみる爽やかな出来事である、といってもよい。

 

そのような「概念の遊戯」は、杜維明氏ばかりではなく台湾在住シナ人諸氏にみられる病気といってもよいだろう。それこそ、わたしの「実存的体験」により証言してもよい。

 

シナ大陸といわず、台湾といわず、あらゆる「シナという病」あるいはシナの「中国病」に感染するすべての人士、シナ人その他各国人(もちろん日本人も含む)におかれては、政治的あるいはその他の理由によりあえて「感染」から逃れ出ようとしないものたちを除外して、虚心坦懐に自己のシナ観をもういちど検討してみてほしいものだ。あなたたちの「シナ経験」はいったいどんなものであるかと?

 

ハーバードといえば、台湾のシナ化に邁進する馬新総統も留学したことのある大学である。彼のシナ体験も実は杜維明氏と五十歩百歩ではないか?

 

彼の推進する「中華民国」への回帰と統一の夢想の実践は、いったい彼のどんな実存的体験から由来するものであろうか?

 

それが「概念の遊戯」であったなら、早々にその遊びを止めるのが賢明というものであろう。杜維明氏や馬氏のような立場にある人にはもちろん困難なことではあろうが、ひとつ勇気をもって自分をふり返ってほしいものである。それこそ「文化中国」の誇る「清朝考証学」が教える実証精神なのであるから。


  1. 2008/07/18(金) 02:23:00|
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【シナ変容】 顔の黒いおとこ

その男の顔はまるで墨をはいたように黒かった。物腰は堂々として、いささかも、そして誰にも媚びる態度はなかった。

 

弁は好まぬ、という風情ながら、その重そうな口を開いた。

 

「シナといおうと世界といおうと所詮おなじこと。貴兄らには見えないものがあり、見えない人々がいる。

 

なぜ見えないかといえば、それは貴兄らからすれば、それはサルどころか、まるで虫のような存在にすぎないものであるからだ。隠者先生がいわれたとおり虫とは蔑まされた弱くはかない存在である。

 

しかし生きるものとしてそれが人間となんの相違があろう。人間とはそれほど偉大なものなのか?それは「神」を前提としたただの比喩の問題であろう。

 

アレゴリーやメタファーは所詮言葉の遊びではないのか?

 

しかし、貴兄らに見えない虫たちも実は人間なのだ。人間の定義を云々するのではない。生物としての人間が貴兄らの見えない場所で生きているのだ。

 

そして彼らは有史以来ずっと奴隷として虐げられてきた。ただ奴隷には奴隷の言葉にできない思いがあることを知れ。

 

言葉にできないがゆえに奴隷たちは沈黙する。そして明日への希望もなしに日々を数えて送るだけだ。

 

わたしはここで奴隷の代弁をなそうというほど思い上がっているわけではない。しかしせめて貴兄らに注意を促したいと思う。

 

沈黙する奴隷たちの生きる意欲さえ失ったかとおもわれるほど暗い目の光にこそ人間の真理が瞬いているのだ。

 

この世に生をうけたものの、わずかばかりの喜びさえなく、悲哀を感じるほどの心さえ麻痺させて生きるしかないものたちを思え。

 

ただ食って労働して寝て生殖するだけの存在だが、それでもそれが人間なのだ。

 

なんら高尚な事柄を考えるヒマもなく生きることは貴兄らにとっては人間とはいえまい。それでも奴隷たちは貴兄らとなんら変わるところのない形をした人間なのだ。

 

世界はかれらにとっては苦痛のトポスである。せめて来世に救済を求めるしかないその思いを解せよ。しかし救済されるなら現世であればなお良し、と誰しも思う。人間としてではなく生物として生きうるよき条件を求めるからだ。」

 

顔の黒い男はいいおえると、隠者も賢者もかえりみることもなく、城門をでていった。とおざかるその背をみおくる隠者と賢者の目には、顔の黒い男の背のあとにつきしたがう無数といってよい数の顔の黒いものたちが、まるでアリ群れのようにゾロゾロと隊列を組んでゆくのが見えた。

 

賢者がだれともなくつぶやいた。

 

心を労するものが人を治め、身体を労するものは人に治められる。これが真理だ。

 

隠者はだまって、また森のほうへと歩み去った。また山へ帰ってゆくのであろう。



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  1. 2008/04/26(土) 17:59:00|
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Author:丸山光三
世界は変容する。変容させようとする力が作用するからだ。しかし、かってにそうはさせまいとする吾等の力を示そう。世界はやつらのものではなく、けっきょくは吾等のものであるべきだからだ。

イザ・ブログ消滅にともない<丸山光三或問集(旧マルコおいちゃんのヤダヤダ日記)><アムゼルくんのブログ>を吸収合併。

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