わたしはかねがね習近平と胡温派は協力し合っていると考え、これを胡温習チームと呼んできたことは、わたしの読者の方はご存知であろう。
ご存じない方は、以下のフォルダで復習していただけるとありがたい。
とくに、
などで、習近平は江沢民派あるいは上海閥などという頓珍漢な思考停止と偏見に陥ったままのマスゴミ、シナ通つまりは、我が国における普通の見方にたいして反駁してきた。
しかし、習近平実権掌握後の江沢民派(これをシナ語では江家幇というが)に対する粛清という現実を見て、まず石平氏が若干の意見修正を行い(→石平氏も丸山光三の見方をやっと裏付ける
http://melma.com/backnumber_45206_5796732/
↓
<以下引用>
太子党政権は自らの利権、特権を維持する目的で習近平を選んだが、太子党そのものには他に戦略目標もなければ軍事目的もない。
習近平は徐々に恩人の江沢民派閥を捨てなければいけないが、いまのところ、政治局常任委員会多数派は江沢民派である(劉雲山、愈正声、張高麗、張徳江の四人は江沢民派、もう一人の王岐山は太子党)。
これを「老人関政」という。
五年後に残るのは習と李克強首相のみ。だから政治局トップの王洋と李源潮が確実に昇格してくるだろう。
(中略)
中国の伝統では「一朝天子一臣」(皇帝がかわれば側近は変わる)である。
しかし旧胡錦濤の「老臣」たちがずらりと政権トップ補佐役に並んだ。
まず令計画が復活した。令計画は息子のフェラーリ事故を隠蔽したことで失脚が伝えられたが、統一戦線部長に返り咲いた。
令は全人代で愈正声常任委員長の補佐役として登壇した。
胡錦濤弁公室主任(首席補佐官)だった陳世炬と中央政策研究室主任だった王濾寧は重要ポストに就いた。
栗戦書(前貴州省書記)が習近平弁公務室主任となったが、この補佐役が陳世炬である。
王濾寧は、拙著『中国を動かす百人』(双葉社)のなかでも取り上げたが、中国のキッシンジャーといわれる学者兼務外交官。
江沢民の「三個代表論」と胡錦濤の『科学的発展官』など重要論文は王濾寧の関与が言われる。
この王濾寧は習近平のモスクワ訪問とアフリカ歴訪に早くも付き添っており、江沢民、胡錦濤に引き続き、習近平の三代につかえることとなった。これぞ「三朝一臣」だ。
十八回大会では中央委員から政治局員に出世もしている。
かくて習近平の知恵袋三人はいずれも胡錦濤派である。
<引用終了>
栗戦書 令計画
こんな短い引用部分ですでにいくつかの誤認がある。
1)太子党は派閥ではなく、中共貴族子弟の個人的関係のネットワークである、ゆえに戦略目標とか軍事目的の持ちようがない。「有洞補洞」(問題が発生した時に随時解決する)、つまり中共統治とその利権の維持が最大公約数的利害の一致しているだけで、あとは幼児時代から育んだ好悪を交えた人間関係があるのみなのだ。
2)恩人の江沢民とは何の恩なのか?まさか5年前の胡錦濤後継者指名のことか?あれはただ、江沢民にすれば、団派のホープ李克強の後継指名を妨害するため、御し易いと見なされた習を押し込んだだけで、あえて隠忍自重していた習を見誤っただけのことで、習にしてみればアホな爺と思っているだけのことだ。→習近平は「上海閥」か?
3)政治局常務委員会7人のうち、江家幇は劉雲山、張高麗、張徳江の三人だけで、愈正声と王岐山は習と極めて近い関係で「鉄のトライアングル」を形成しているのである。これに李克強をくわえて習派と団派で多数派を占めたこともすでに述べた。→やはり習近平と団派の勝利だった新指導部
4)王洋と李源潮はこれまでも習とは良好な人間関係、仕事関係を築いている。とくに李源潮が国家副主席に選出されるに際し、最期まで抵抗する江家幇に対して断固とした決断を最終的に下したのは習近平その人だった。かれらが政治局常務委員会にのぼり江家幇に置き換わるというのは習の意志でもある。→李源潮国家副主席就任に見る江沢民派の力量
宮崎先生は当代きってのシナ通といわれているが、おそらくその情報ソースは英文の新聞雑誌ではないかと思われ、たぶんシナ語の資料分析は苦手なのではないかと思われる。
さもなければ、シナ人および海外華人の間での常識である見方に反する意見を公表されるはずも無い。
宮崎先生が指摘しておられるように、習の側近に団派の人物が集ったのは、先生の意とするところとは異なり、それだけ習派と団派の合作協力関係が進捗しているということで、某産経記者さまが指摘するような、団派が習を棚上げして実権を握り、習の仕事がしにくくなる、などという法螺とは真逆の情勢なのである。
しかし習派と団派のこの蜜月がさていつまで続くのかは定かではない。
共通の敵・江家幇が排除粛清解体された後は、習派と団派の間で権力闘争が開始されること火を見るより明らかであろう。
李小林は、周恩来派で鄧小平時代に国家主席を勤めた李先念の娘であり、反日過激派軍人・劉亞洲はその伴侶である。劉亞洲はかねがね李先念の娘婿として軍内太子党のリーダーと紹介されることが多かったが、その奥さん本人が今回訪日してなにやら工作しているらしい。
この件については、石平氏がそのメルマガで警戒を呼びかけていた。
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<以下引用>
「実は4月1日から、中国から重要人物の一人が日本を訪れた。中国人民対外友好協会会長の李小林氏である。訪日の表向きの理由は「文化交流事業の参加」であるという。 「中国人民対外友好協会」とは一応「民間友好団体」と名乗っているが、実際、それは中国外務省所属の政府機関の一部である。その会長を務める李小林氏も当然、普通の民間人ではない。彼女は中国の故国家主席の李先念氏の娘であり、現国家主席の習近平氏とは同じ「太子党」に属する政府高官の一人なのである。しかも彼女は親同士のよしみで習国家主席とは幼なじみの間柄であるとも知られている。 したがって、李氏の日本訪問に関しては当初から、その任務はたんなる「文化交流」ではなく、むしろ国家主席である習近平氏の「密使」の役割を担っているのではないかとの観測が流れている。というのも、その訪日直前からの一部の報道では、李氏は日本滞在中に、「文化交流事業」とはまったく関係のないはずの福田康夫元首相との会談が設定されているとの情報もあるからである。 1日に日本に来てから、彼女は実際、福田元首相と会談したかどうかは報道がないのでよく分からない。しかし、彼女が日本に来た翌日の2日に、福田元首相と習国家主席との会談が急遽決められたことからすれば、この二つの動きの間に関係がないはずはない。やはり李氏は福田元首相と会談したのであろう。彼女はこの会談においてやはり「密使」の役割を果たして、
習近平国家主席からの何らかの「重要なメッセージ」を日本側に伝えたのであろう。」
<以上引用終了>
石氏によれば、この李小林は
「習国家主席のロシア・アフリカ訪問においては、李氏はずっとその随行の一人として習氏に付き添っていた」
ということで、習国家主席の外交政策の要の人物なのかもしれない。この習とは同年生まれの幼馴染は今後注目されるべきか。
これについて、大紀元系の石濤氏は、習の外交部を通さない迂回外交であると評論している。
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石濤氏によると、習は規制の外交システムを信用しておらず、太子党という個人的つながりを重視しているようだ。
太子党のレゾンデトールからしてありうることだ。太子党とは結局は中共貴族子弟の個人的人間関係につきるのである。
しかし、胡錦濤時代にセットアップされた党総書記を中心とする外交小組システムに依れば、外交は党総書記の専任事項であるから、システム自体は変更しておらず、ただ如何に機能させるかに調整があった、ということだ。
この迂回外交についてはBBCシナ語版も、日本のネット情報などを紹介しながら触れている。
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李小林(右)和日本前首相鳩山由紀夫(左)在東京出席中日書畫展(中新社圖)
その報道で、福田鳩山元総理など親中派を操る李小林が「わたしは密使ではない」と述べたことなどわざわざ触れていることから、彼女は密使であることに間違いは無い。
この動きとあわせて、4日中共は韓国に対して5月に予定されている日中韓サミットを6月に延期するよう呼びかけている。理由は、尖閣をめぐる日シ両国の対立である。
つまり4,5月中には何か変化があることを臭わしているのだ。
福田康夫氏が海南島で習近平と会って云々より、もっと重大な関心を寄せるべきことは、李小林がもっと重要な人物と密会したかどうかであろう。
はっきりいおう、福田鳩山はマスゴミの目をくらますためのただの見せ駒で、本命の安倍総理その人と密会できたかどうかがキーポイントである。
その答えは不明だが6月までには明確になろう。
習近平はどうやら江沢民派一掃はできぬままに全人代を迎えることになった。なぜそうかといえば、薄熙来の裁判を開廷し、年来の挑戦者である薄熙来の命運を絶ち、同時に腐敗の象徴である江沢民を暗に裁くことが出来なかったことからそれが知れるのである。
表面上は党と軍および武装警察を一手に掌握した習近平だが、シナ式の面従腹背を清算できていないようだ。
また尖閣問題では、いままでの日本の指導者とはことなるわが安倍総理の強い姿勢と巧妙な情報戦に振り上げたこぶしの落としどころが見出せないままである。
六四虐殺後に統治の危機を迎えた中共は、愛国主義という名の反日政策で生きのびを謀ったものの、昨秋の反日テロと「経済制裁」による日本企業のシナ離れと日本からの輸入に頼った生産という産業構造による現実に直面して、指導部は反日政策の見直しをしたいはずだ。
しかしここでも妨害勢力は江沢民一派とそれによりそう利権集団である。
習近平は、二つの百年、すなわち2021年の中共設立100周年と、2049年の中華人民共和国建国100周年を引き合いに出し、
「全ての党員の能力が絶え間なく向上する場合のみ『ふたつの100年』と中国国民の大きな復活の『夢』が現実の物になる」
と、党幹部を育成する中共中央党校80周年式典向け演説で述べたという。
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これは汚職や腐敗に対する戦いを堅持するというコンテクストで述べられたものらしいが、2049年まで中共が維持できるという立派な楽観主義である。
しかし何度も述べたように、「汚職や腐敗に対する戦い」とは具体的には江沢民一派に対する権力闘争の別名である。
それを継続するということは、未だこの権力闘争にかたがついていないことを物語っている。
全人大での人事が注目される。規定方針通り国家主席に習が、国務院総理に李克?が座るであろうが、他の人事の妥協具合で権力闘争の結果を見ることが出来る。
その上で、さらなる権力闘争が展開されるのであるが。
<学習粉絲団>の「学習」とはもちろん「習に学ぶ」と「学習」をひっかけているわけである。また「粉絲」とは英語の「Fan」の音訳でもあるが、元来は「春雨(ハルサメ)」のことでもあり、「粉絲団」とは「ハルサメ団子」の意にも取れるから「すぐにバラバラになる」といういささかの諧謔を含んでいる。
それはともあれ、実は探るまでも無い、そういういわば追っかけのアカウントができるほどの人気が習近平にはある、ということだ。
せっかくシナに滞在していながらどうしてその雰囲気がわからないのか不思議である。
「習近平は、江沢民に近い守旧派」という色眼鏡でしか人と事を見るしかないものにはやはりゲンジツは見えないのだ。
わたしはこれまでなんども指摘してきたが、わが国のシナ通といわれる人々、新聞記者さまなどはことごとく習近平を読み違えている。
習が総書記就任後邁進してきた反腐敗は、言葉そのまま中共の腐敗根絶に至る事はないであろう。
もしそうなら習近平の目標は中共解体であり、中共全体を敵に回すことになる。
ゆえに、習の反腐敗は実質的には江沢民とその一派打倒運動であった。
この事もすでに指摘した。(できればフォルダ<習近平><シナ政局>内の過去記事を参考にして欲しい。)
そのわが安倍総理の疾風怒濤のアベノミクスの快進撃にも似た、習の名目は反腐敗、実質的には江沢民打倒運動がシナ国民の支持を受けている。
実はこの旧正月にシナ国内の友人に新春を祝う電話をした。
彼はもう老人ゆえ何も恐れるものは無いので政治状況も詳しく語ってくれる。
彼のような一般国民の声を聞けることはわたしにとって貴重なことだ。
かって彼は、「尊敬する政治家が二人いる。一人は周総理。もう一人は朱鎔基総理だ」とわたしに語った。
総理当時の朱鎔基
朱鎔基が、江沢民の妨害を受けながら腐敗撲滅に邁進していた頃のことだ。しかし、朱はけっきょく江沢民総書記の権力を排除することはできず、反腐敗も竜頭蛇尾に終わった。
その朱鎔基が自らの引退時に後継者として指導層へ押し込み影から支えていたのが温家宝だった。その温も口では反腐敗を唱えながらいたずらに十年という時間を浪費しただけだった。
しかし、総書記就任からわずか三ヶ月で江沢民を引きずり下ろした習近平の政治手腕はどうだ?
快哉を叫ばぬシナ国民はいない。
今回の<学習粉絲団>が多くの支持を受けたこともそれを物語っているのだ。
シナの友人は、「習近平に希望を託す」という。また彼身辺の友人知人も同様な意見のものが多いといった。
習近平が江沢民派を一掃して国家主席になり党軍政の三権を掌握した後、早速尖閣を取りに来るということは考えにくい。
国内問題から人民の目をそらすために尖閣極地戦争に打って出る、などという論が後を絶たないが、そんなリスクを犯すほど愚かな指導者ではないことをシナ人ならわかっている。
彼らが期待することとは無論内政問題を、習がその智謀で解決してくれることである。いわば開明君主が絶対権力を行使して善政を施すことを期待するということだが、しかしこれこそがシナの国情にもっとも適した政治手法なのである。
朱鎔基と温家宝が習の最大の後ろ盾であるというわたし見方に対して、件の友人は反対も否定もしなかった。あたらずとも遠からず、と黙認してくれたのである。
最近の朱鎔基
彼とその家族友人たちの幸福を願って、電話を終えた。
わが国とシナが、お互い新しい有能な指導者を得てそれぞれの国内問題を解決する途上で、両国の指導者が丁々発止の政治外交ショウを見せてくれることが楽しみである。もちろんわが安倍総理が勝つ、ことを期待している。
習近平は、6日、党外人士との迎春会の席上、「民主による(中共)の監察を強める」と発言したという。
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その講話は以下のようなものであったらしい。
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共産党は、
“要容得下尖?批?,做到有?改之、无?加勉;
党外人士は、
“要敢于?真?,敢于?逆耳之言,真?反映群众心声,做到知无不言、言无不尽。”
拙訳
共産党は、「鋭い批判を受け入れるべきだ。誤りがあるなら改め、なければそのような誤りを犯さぬ戒めとする、をなすべきだ。」
党外人士は、「あえて本当のことを話し、あえて耳に痛いことも言うべきだ。大衆の心の声をそのまま反映し、知って言わざるなし、言うならとことん言う、べきだ。」
有?改之、无?加勉は、<論語・学而篇>の引用で、
知无不言、言无不尽は、宋・蘇洵<論衡・遠慮>からの引用である。
こういう教養をひけらかすのは毛沢東がよく用いた手である。とくに相手が文化人、知識人相手にはよく効く一手である。
6日の党外人士との迎春会
しかし、この記事の作者は別の方面から習近平を毛と比較している。
それは1957年の<人民日報>上に掲載された、「中国共産党中央委?会関于整風運動的指示」のなかにも、
在整?运?中,??行“知无不言,言无不尽;言者无罪,?者足戒;有?改之,无?加勉”的原?,
(整風運動においては、“知无不言,言无不尽;、言ったものに罪は無く、聞く者は戒めとなし、有?改之,无?加勉”的の原則を実行すべきである。)
と今回の習の用語とまったく同じ文言があったのである。これがかの有名な「百家争鳴、百花斉放」略して「大鳴大放」の号令であった。
この中共の号令を信じて発言し、党を批判した民主派、知識人などが後に粛清された。これが「反右派運動」である。
これが有名な毛沢東の「陽謀」というもので、蛇を穴からおびき出して撃つ、という政策であった。
記者は、習も毛の顰に倣って同様な「陽謀」を行おうとしているのではないか?としているが、私見ではそうではない。
わたしの考えでは、ここにいう「鋭い批判」は腐敗分子とその象徴である江沢民とその残党に向けるよう党がリードし、そして近く行われる薄熙來裁判への環境づくりをしようというものであろう。そして中共の腐敗問題をすべて薄熙來とその後ろ盾である江沢民にお仕着せ、そして裁判で暗に江沢民問題にも決着をつけるという政治日程である。
そしてその上で国家主席の地位に就こうと習は考えているのだ。
まさに智謀知略のある政治家であるといわねばなるまい。
Author:丸山光三
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