変容する世界

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

【中共異端思想の系譜】その11、異端派粛清

 


 

 

さて鄧小平が党内権力を掌握しいわゆる「改革開放」へ国策変更したのは1978年の十一期三中全会であった。その「凡是派」(すなわち毛派あるいは毛路線維持派)との権力闘争に利用されたのが「北京の春」の「西単民主の壁」であった。その代表的表徴が魏京生の「第五の現代化」(つまり民主化)であった。

 

しかし三中全会後、鄧小平は「四つの基本原則」(1. 社会主義の道、2. プロレタリア独裁、3. 中国共産党の指導、4. マルクス・レーニン主義、毛沢東思想)を提唱し利用価値の消滅した「民主化」運動を圧殺する。

 

<李一哲の大字報>グループの名誉回復はすでに述べたように党内改革派であった習仲勳により実行された。その際、李正天も郭鴻志も志は遂げたのだからと李一哲グループ解散の提議をする。

 

このことも<李一哲の大字報>は鄧小平の「改革派」が計画実行したことの状況証拠ともなろう。 

 

しかし王希哲は<李一哲の大字報>の理念はまだ実現していないとしてそれには応じなかった。そして王希哲はその思想的ロジックからも「民主化運動」に参画した。

 

けっきょく王希哲は、そのマルクス主義からする民主化要求にもかかわらず資本主義的民主を要求する魏京生とほぼ同時にともに逮捕投獄される。

 

つまり鄧小平の「四つの基本原則」とは3の「中共の指導」こそが核心であって他はお飾りということである。つまり脱イデオロギーである。これこそ二重の意味での異端派そして文字通りの「資本主義の道を歩む実権派」・鄧小平の面目躍如ということであろう。

 

 

三中全会主席台の指導者たち。左から陳雲、鄧小平、華国峰、葉剣英、李先念、汪東興。「凡是派」華国峰と汪東興は自らの政治的葬儀に参加し拍手で祝ったことになった。

 

 

 

 

その異端派・鄧小平にたいして、毛式の文革を否定し「人民の文革」を提議したのが、すでにふれた王希哲の『毛沢東文化大革命』であった。しかもそれは香港の雑誌に発表され出版されたことが鄧小平の逆鱗に触れたのであろう。

 

こうしてかっては<李一哲の大字報>により毛派の専制支配打倒と周恩来擁護を主張したかっての「異端派」王希哲は、毛沢東の「革命理論」の根本「造反有理」を純粋培養抽出した「人民の文革」理論により「反動」すなわち異端として、異端派・鄧小平により批判圧殺されることになった。

 

まことに皮肉な成り行きであるが、しかしちょうど欧州における異端審問が教義の是非の問題ではなく反対派の圧殺とでたらめな政治権力遊戯であったことと同様であった。

 

 

 

 

 

 

人気blogランキングへ参加しました。よろしければ応援のクリックをお願いします。

スポンサーサイト
  1. 2009/06/10(水) 10:14:00|
  2. 中共異端思想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

【中共異端思想の系譜】その10、異端の異端

しかし周恩来には「批林批孔」への反撃へ費やす時間も力もすでに残されていなかった。ゆえに第四回全人代へ提出されるいわゆる「四つの現代化」政策推進と同様に鄧小平がその肩代わりをすることになった。

 

とはいっても鄧小平と周恩来フランス時代の交流はあったにしても、同床異夢ともいうべき思惑の違いはあったであろう。それは実によく鄧小平の現実主義を反映するものであった。

 

前回のべたように周は中共正統主流派であったがコミンテルン解体とともにその後ろ盾を消失し毛沢東へ屈服し雌伏することになった。いわば毛という異端に党を明け渡してしまったのだ。しかし「文革」という毛の失政の大総括の機会をとらえて中共正統への回帰をたくらんだもののその事業はかって毛派であった鄧小平に託さざるをえなかったのはまさに皮肉であった。

 

では鄧小平はいかに位置づけされるべきだろうか?

 

結論からいってしまえば異端の異端である。

 

毛派、つまりシナ土着派として国際派(すなわちソ連派)に抵抗した意味での共産主義異端派であり、PRC建国後は劉少奇にしたがい反毛路線を進行させ「走資」(資本主義へ走る)派と毛派から批判された、これが異端の異端という所以である。

 

 

 

文革」により打倒されるも復活した鄧小平、1974年

 

 

 

 

 

 

しかしこの傑出した異端派は、反毛すなわち正統への回帰ではなく文字通りの資本主義へとシナを導いた内部から共産主義解体を図る異端であった。毛沢東の鄧小平への批判は正しかったのだ。

 

つまり周恩来亡き後の中共は二度と再び共産主義正統に回帰することなく別のイデオロギー、わたしのいう「シナ・イデオロギー」を採択した名実伴わない共産党へと変容してしまったのだ。

 

 

ゆえに中共はその内実からすればむしろ「中国国民党左派」とでも称したほうがよろしかろうと考える。だからこそ台湾にていまだに生息する「在台シナ人」(とそこから利権を得ようとする一部の台湾人)の政党・「中国国民党」とはまさに話が合うのである。

 

さてこうして異端派論議は鄧小平その人にいたった。その鄧小平をマルクス主義正統の立場から批判した王希哲はこの視点からするとすでに異端派とはいえないことはおわかりであろう。シナ問題とはまさに一筋縄でいわくことができないのである。

 

現代シナにおける毛沢東への憧憬は、いわゆる「改革開放」という資本主義導入(実際は外資と先端テクノロジーの借用に過ぎない)による収入格差により落ちこぼれたものたちの間で鄧小平異端への呪詛となり、そして毛沢東信仰が復活しているという。

 

以下の石平氏のメルマガを参照あれ。

 

毛沢東狂信の「カルト集団」である「烏有之郷」について

 http://archive.mag2.com/0000267856/20090511105854000.html

 

 

シナにおける政治社会状況とは、このように党(統治者)と民間(被統治者)の間でねじれた関係をもちたがいに影響しあいながら、それは実によく宗教的反乱により破局に向かってゆくのは歴史が教えているところなのである。中共の革命も「共産主義」という信仰をもったカルト集団による宗教反乱とみることができることを、わたしはすでに別稿・<シナの宗教性と民衆>で述べておいた。 

 

 いまや中共を反共産主義の立場から批判することの虚しさをここまで読んだこられた方々はすでにお分かりであろう。共産主義の実態がすでに消滅しているからだ。

 

批判すべきは共産主義ではなく永遠無限の膨張拡大を夢想するシナというモンスターそのもの、それを支える「シナ・イデオロギー」または「シナの中国病」なのである。

 

「シナ・イデオロギー」または「シナの中国病」については<シナにつける薬>における考察を参考にしていただきたい。

 

 

 

 

 

人気blogランキングへ参加しました。よろしければ応援のクリックをお願いします。

  1. 2009/06/05(金) 10:40:00|
  2. 中共異端思想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

【中共異端思想の系譜】その9、周恩来

周恩来についてはかって中共中央文献室で周恩来研究に従事していた高文謙氏の『周恩来秘録』(上村幸治訳、文芸春秋社刊、原著は『晩年周恩来』、明鏡出版社、香港)がその権威をもって最近の周恩来観に影響を及ぼしていると思うが、私見ではその周恩来像、すなわち自己保身と晩節を全うすることに汲々として毛沢東に下僕のように仕えた、というのはまったくの捏造矮小化である周恩来批判はまことに時宜にかなったけっこうなことではあるが、その卑劣な方法については異議を唱えざるを得ない。

 

そのことはわたしは何回もくり返しのべたのであるがここでもういちどくり返しておこう。興味のある方は中断しているが「周恩来評伝に目を通していただきたい。

 

さてまずこの【中共異端思想の系譜】拙稿を通しての結論をここでまず述べてしまいたい。

 

周恩来こそ「中国」共産党の本流、つまり正統であって、毛沢東はそれに対する異端であった、ということである。これは上記中断中の周恩来についての考察で述べようとしていたことでもある。

 

その論証はゆっくりつづけるとして、まずは「批林批孔」へ戻らねばなるまい。

 

文革」中の政治的言動から、周恩来を「文革」受益者とみるのは、大方の意とする文脈とはことなる意味で正しい。これはかなりの説明を要するのだが、ここでは保留しておこう。

 

それは簡単な事実をみればわかる。俗な言葉で言えば、林彪死していちばん得をしたのが周恩来であった。うがって言えば、林彪を死に追いやったのは周だったかも知れない。「逃亡中」のトライデント機撃墜の命令を下したのは周だった、とのもっぱらの風評である。(しかしその墜落機には林彪の死体はなかった、とも噂されることはすでに述べた。)

 

1969年の九全大会までの「文革」前期は、林彪と江青の緊密な合作で彼らの勝利として一区切りしたが、毛沢東と林彪との関係が悪化してついには「林彪事件」として新たな権力闘争が開始された。すなわち江青らと周恩来派との中央主導権をめぐる争いである。

 

なぜなら「林彪事件」後、党政軍の三権を掌握したのは周恩来だったからだ。そしてそれは決して毛沢東の意向に全面的に従ったものではなかったのである。毛の意思は「文革」継続これ一点である。だからこそ江青は「批林批孔」運動により周を打倒しその権力を奪おうとしたのである。

 

周恩来は、「林彪事件」後ただちにその「クーデター計画」といわれる「五七一工程紀要」(五七一はシナ語で「武装蜂起」にあたる「武起義」と同音、「工程」はプロジェクト)を罪状資料として、また「毛沢東の江青同志にあてる手紙」ともにあわせて党内学習文献として下達させた。

 

それは表向きには、林彪の反毛の事実とその計画性、さらには毛沢東が林彪に迫られて仕方なく文革で林に依拠した、などを党内に意思疎通させ事件後の動揺を防ぐためであったが、結果的には毛沢東の絶対権威を大いに貶めることになった。なぜならその資料には林彪の口を借りて毛沢東の失政があげつらわれており、またそんな林彪の力を借りねばならなかった毛の脆弱さが現れていたからである。

 

その結果こそ周恩来の真の目的であったかもしれない

 

そして林彪が有していた党第一副主席には周が就き、軍はその永年来の同伴者である葉剣英らを通じて掌握し、元来保持していた国務院系統の権力とあわせて党政軍の三権はついに周恩来の手中に落ちたのである。それは実質上かって彼が有していた中共最高指導者としての権力の復活であった

 

林彪死亡のニュースを聞いて人民大会堂で執務中の周恩来が号泣した、と高文謙氏は上記書で述べている。それは自己の将来を案じて、と補足しているが、私見ではまったく逆だ。長年の毛沢東への雌伏を覆す好機が到来したことを知り、それまでの苦労を思って泣いたのである。いわばうれし泣き、といってもいいだろう。

 

その後の周恩来の目覚しい政治的成果は1975年の第四回全人代のいわゆる「四つの現代化」政策を国是として確定したことによく表現されている。

 

それはいわば毛沢東治世下の反毛路線であり、中共正統路線への回帰でもあり、さらには今現在の「中国」の「経済大国」への出発点でもあった。

 

しかしそれに至るには激烈な彼にとっては最後の権力闘争を闘わねばならず、それこそまさに今問題にしている「批林批孔」への反撃だったのである。

 

 

 

 

 

1973年の十全大会における指導者たち。左から葉剣英、王洪文、江青、周恩来。周の後ろの黒服着帽は姚文元。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人気blogランキングへ参加しました。よろしければ応援のクリックをお願いします。

  1. 2009/05/29(金) 16:54:00|
  2. 中共異端思想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

【中共異端思想の系譜】その8、鄧小平

中国」では禁書扱いの産経新聞「中国」総局長・伊藤正氏の『鄧小平秘録』上巻(産経新聞社)に李一哲の大字報についてふれた箇所がある。短いので無断で引用する。(313ページ)

 

文革当時、中国庶民の生活は貧しく、自由もなかった。74年11月、広州市内に張り出された李一哲(りいってつ)の大字報は、西側からはるかに立ち遅れた現状を憂い、極左文革路線を批判したことで大反響を呼んだ。

 

後年の改革・開放時代を含め、鄧小平氏の神髄は、国民の欲求を満たすことこそ政治指導者の使命と考え、頑固に自分の政策を貫いた点にある。おそらく鄧氏も多くの国民同様、李一哲の主張に共感したに違いない。」

 

<李一哲の大字報>には註があり

 

 「1974年11月、広州市内に張り出された「社会主義の民主と法制」と題した新聞紙67枚の壁新聞。李一哲は、李正天、陳一陽、王希哲という3青年の名から1字ずつとった筆名。中国の現状を特権階層が人民の上に君臨する封建的ファシズム専制とし、極左を痛烈に批判、民主と法制の確立を要求した。当時広東省書記だった趙紫陽は支持したが、中央は「反動文書」と批判、3人は身柄拘束された。文革後の78年に釈放。」とある。

 

さてどうも変な内容だなあ、と感じる。事実経過の認識に誤りがあるのではないか。それは「おそらく鄧氏も多くの国民同様、李一哲の主張に共感したに違いない」という部分についてである。はたしてそうであろうか?

 

いわゆる「批林批孔」運動は毛沢東・江青らによる周恩来批判であることはいまや常識となった。そしてもちろん周恩来派の反撃もあったのである。

 

しかし周自身は19746月に癌の手術を受けており、その党政軍にわたる実務は復活した鄧小平が担当していた。つまりこの時期の中共中央における熾烈な権力闘争は、実際は毛沢東・江青らと鄧小平を核心とする周恩来派とによって闘われていた、と考えればよい。

 

だからむしろ「李一哲の大字報」はその内容と発表時期を考えれば、鄧小平派による江青らに対する反撃の一弾とみなしたほうがすっきりと理解できるのだ。

 

ゆえに「おそらく鄧氏も多くの国民同様、李一哲の主張に共感したに違いない」という一句は以下のように書き換えたほうがよろしかろう。

 

「おそらく鄧氏は多くの国民の民意にそって李一哲の主張の執筆を組織し発表させたに違いない」と。

 

もちろんそんな下部のことまで鄧氏が直接かかわったとは考えにくいが、その人脈に属する広東における系統がそれを組織し権力闘争の道具にしたてあげたのであろう。これは想像である。それを証拠立てる文献がわれわれの眼にふれるはずもないのだ。なにしろ李一哲グループのもう一人の主要執筆者である王希哲がその自伝で事の経緯を明瞭化せず(たぶん)故意に郭鴻志の背景について曖昧化しているのである。これをもって状況証拠としてもいいかもしれない。 

 

また表向き李一哲批判闘争を組織しながらも実際はその主張の拡散宣伝につとめた趙紫陽が、鄧小平の故郷である四川の指導者をへて中央へ栄転し国務院総理となったことも含味ある事実であろう

 

さらに、のちに李一哲グループの「名誉回復」に尽力したのが、すでにのべたように周恩来や胡耀邦に近い人物で「改革派」の仲勛であったことをここで思い起こしてもいいだろう。

 

 

 

 

1982年中共十二全大会における趙紫陽と鄧小平、そして胡耀邦(左から)

 

 

 

 

 

人気blogランキングへ参加しました。よろしければ応援のクリックをお願いします。

  1. 2009/05/29(金) 08:55:00|
  2. 中共異端思想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:12

【中共異端思想の系譜】その7、郭鴻志

一哲大字報グループのキー・パーソンは郭鴻志であろう。当時、広東人民放送局技術部副主任という職にあった、いわゆる「党員幹部」である。

 

郭については王希哲もその自伝に詳細には述べていない。また表には出なかったにしても大字報の長大な序文は彼が書いたものであり、つまり量からいえば大字報の半分は郭鴻志に属する。

 

王希哲の本文との論理的破綻もない。それはそうだろう彼らがともに学習し討論した結果書き上げたものであるから。

 

郭鴻志は1929年生まれであるから大字報当時すでに46歳になっており他の三人にとっては親の世代である。李一哲グループの指導者的立場にあったことが容易に想像できる。

 

この世代はPRC建国時に学生であったわけで、それ以前の「解放闘争」の苦労は体験した者は少なく、つまり「革命」の暗黒面は知らず理想にあふれていた世代といってよい。そして建国以来の繰り返される政治闘争と社会的混乱によりなんども理想と現実の間で彷徨った世代でもあろう。

 

そして「文革」である。幼い王希哲たちが紅衛兵として「文革」の理想を信じて「革命」「造反」騒ぎを起こしていたころ苦々しい思いで傍観できたならまだいいほうで直接間接に被害をこうむった世代でもあろう。

 

 

郭鴻志 http://cn.netor.com/m/box200604/m63942.asp?boardid=63942

 

 

王希哲の自伝によれば彼が郭鴻志を識ったのは李正天を通じてであった。しかし李正天がどうして郭鴻志を識ったのかは定かではない。王希哲はまだ何かを隠しているようだ。うがった見方をすれば郭鴻志とは当時の権力闘争と関係のある人物であり、そして見込みのありそうな子供たちを選抜して訓練しそして時機をみて駒として使用したのではないか、とも考えられる。

 

 

人気blogランキングへ参加しました。よろしければ応援のクリックをお願いします。

  1. 2009/05/26(火) 13:07:00|
  2. 中共異端思想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
次のページ

プロフィール

丸山光三

Author:丸山光三
世界は変容する。変容させようとする力が作用するからだ。しかし、かってにそうはさせまいとする吾等の力を示そう。世界はやつらのものではなく、けっきょくは吾等のものであるべきだからだ。

イザ・ブログ消滅にともない<丸山光三或問集(旧マルコおいちゃんのヤダヤダ日記)><アムゼルくんのブログ>を吸収合併。

ついでに忍者ブログの<ドイツ生活ああだこうだ事典>もこちらへ吸収合併凹凸

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

台湾チャンネル (40)
未分類 (10)
メーソン (32)
思考実験 (5)
ビッグ・ブラザー (3)
啓蒙思想 (3)
近代化 (5)
国家とは (11)
裏金洗浄 (2)
雑感 (113)
シナ秘密結社 (5)
China(シナ) (117)
台湾 (84)
トルコ (6)
シナ語 (105)
欧州の反応 (35)
シナ(Sina) (25)
博士の独り言 (5)
お知らせ (40)
Sina, 『劇場都市』 (7)
エトランゼ (7)
おいちゃんの薦める音楽 (138)
イタリア (30)
ドイツ (41)
言論の自由 (8)
魯迅 (30)
工芸 (4)
雑学 (7)
開高健 (3)
森有正 (1)
インド (2)
須賀敦子 (2)
イスラム世界 (1)
シナの食人文化 (25)
共同トイレの落書き (54)
東アジア情勢 (11)
安全保障 (73)
地政学 (8)
周恩来評伝 (47)
夢千一夜 (108)
ピッグ・トレード (4)
阿Q列伝 (2)
大室幹雄の宇宙 (6)
指定なし (24)
南チロル (10)
産経 (1)
安倍総理 (217)
気晴らし (18)
無能無責任宰相 (2)
シナ人流出 (3)
半島 (4)
毒吐きシナ (8)
政局 (58)
シナ政局 (53)
欧州政局 (13)
言語論 (1)
ユング (21)
風水 (2)
写真撮影 (25)
シナの救済 (40)
ケム・トレイル (8)
シンクロニシティ (5)
陰謀論=共同謀議 (45)
習近平 (31)
海角七号 (6)
中共異端思想 (11)
ゲルマン史 (3)
ウイグル (1)
世界観 (10)
花々 (258)
チャリンコ (1)
ただの風景 (479)
撮影機材 (31)
goo ブログ保存 (14)
ユーロ問題 (19)
TPP (48)
サッカー (2)
Midnight in Paris (3)
小雪 (1)
野鳥 (3)
変容する世界 (4)
別加油、「中国」 (4)
フォトNews (9)
西村幸祐 (94)
藤井聡 (147)
西田昌司 (81)
テキサス親父 (16)
総選挙12 (14)
水間政憲 (15)
カタストロフィー (2)
田中長徳 (1)
北野幸伯 (4)
第二次安倍内閣 (42)
自民党 (12)
中野剛志 (3)
青山繁晴 (232)
首相官邸 (79)
反日ファシズム (28)
三橋貴明 (58)
古谷圭司 (8)
宇都隆史 (4)
佐藤正久 (9)
えとうせいいち (9)
倉山満 (22)
長尾たかし (6)
艾未未 (1)
たかじん (83)
TVタックル (21)
とくダネ (1)
新唐人TV (93)
長島昭久 (1)
我が国のかたち (12)
チャンネル桜 (122)
コリア (3)
阿比留瑠比 (1)
PRIMENEWS (10)
甘利明 (2)
勝谷誠彦 (53)
藤井厳喜 (14)
平沼赳夫 (2)
皇室 (1)
中山成彬 (2)
中川郁子 (2)
山谷えり子 (3)
立花孝志 (1)
アベノミクス (3)
中山恭子 (3)
やしきたかじん (15)
新報道2001 (13)
西村眞悟 (3)
麻生太郎 (6)
西尾幹二 (4)
上念司 (21)
藤岡信勝 (3)
菊池英博 (1)
荒木和博 (2)
安倍昭恵 (2)
いわゆる歴史問題 (22)
宮崎正弘 (1)
外務省 (2)
佐藤優 (51)
黄文雄 (2)
宮崎哲弥 (53)
安達ロベルト (2)
青山千春博士 (1)
長谷川幸洋 (11)
西部邁 (6)
参院選2013 (32)
関岡英之 (1)
福島香織 (7)
菅義偉 (5)
拉致問題 (2)
映画 (6)
竹田恒泰 (2)
石井望 (2)
尖閣問題 (1)
宮脇淳子 (8)
アンカー (5)
坂東忠信 (1)
2020 東京 (3)
東谷暁 (2)
NHK (1)
飯田泰之 (1)
佐藤守 (3)
潮匡人 (5)
イザ (4)
山本皓一 (1)
赤池誠章 (1)
dameda Korea (1)
井上和彦 (1)
KAZUYA (3)
ロシアの声 (1)
野口裕之 (1)
施光恒 (1)
消費税増税 (3)
Amsel (30)
Rotkehlchen (30)
Zaunkönig (6)
Kohlmeise (6)
Blaumeise (5)
Elster (5)
Kanadagans (6)
Schwanzmeise (7)
Buchfink (5)
Bläßhuhn (1)
Ente (8)
Teichhuhn (1)
Grünspecht (2)
Buntspecht (4)
Wacholderdrossel (2)
Heckenbraunelle (2)
Ringeltaube (3)
ChemTrail (3)
Bauernhof (1)
昆虫 (6)
Gartenbaumläufer (1)
露出 (8)
ドイツ食事情 (19)
Star (3)
Waldbaumlaeufer (1)
大室桃生 (3)
夢想千一夜 (7)
ドイツ民俗 (16)
Südtirol (22)
Objektiv (1)
TVドラマ・映画 (1)
Katze (1)
豚児 (6)
UFO (3)
Grauschnäpper (1)
Stieglitz (1)
Grünling (6)
Stumpfmeise (1)
Sperling (1)
モスレム (3)
アムゼルくんの薦める音楽 (1)
Kleiber (2)
Eichelhaeher (1)
Kernbeißer (1)
α NEX (12)
Messersucher (5)
Nikon (5)
Heidelberg (9)
女子カメ (1)
ポートレート (2)
Flickr (5)
Kunst (4)
春の花々 (6)
言語生活 (6)
推薦音楽 (6)
余暇 (5)
未選択 (5)
居住環境 (3)
食の地平線 (5)
探鳥記 (14)
渡邉哲也 (6)
桜井よしこ (2)
デプレッション (1)
石平 (4)
菅原出 (4)
有本香 (16)
村田春樹 (1)
高橋洋一 (2)
富坂聰 (2)
百田尚樹 (2)
反新自由主義 (1)
飯田浩司 (1)
余命3年時事日記 (1)
田母神としお (9)
奥山真司 (3)
都知事選 (21)
歳川隆雄 (1)
Yoko (1)
辛坊治郎 (2)
福山隆 (1)
上島嘉郎 (1)
杉田水脈 (3)
三宅博 (4)
山田宏 (3)
通名 (1)
馬渕睦夫 (2)
マック赤坂 (1)
伊藤貫 (1)
田母神俊雄 (1)
小西克哉 (1)
小川和久 (1)
BBAの部屋 (1)
城内実 (1)
激論!コロシアム (1)
いしゐのぞむ (2)
上薗益雄 (1)
村上春樹 (1)
魏德聖 (9)

ブロとも一覧


E-ラボ

青革の手帖

いざにゃFC2版

なめ猫♪

車好き隠居

特亜を斬る

ジャーナリスト加賀谷貢樹の「取材ウラ話」

高原でお花見

裏の桜の雑文

博士の独り言

短足おじさんの一言

初期装備は ひのきの棒

立ち寄り@大工町

よもぎねこです♪

実業の世界

ときど記

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。