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忘れてはならない移民輸出国だったドイツ

ドイツは今や移民受け入れ国ですが、かっては移民を送り出す側でした。「東方移民」でググればたくさんヒットすると思います。例えば、>>http://www.geocities.jp/takahashi_mormann/Articles/ostsiedlung.html

またWIKIの「東方植民」の項には以下の記述があります。

<引用開始>
東方植民(とうほうしょくみん、ドイツ語:Ostsiedlung)とは、12世紀~14世紀にドイツの辺境伯、騎士団、修道院(中心となったのはシトー会)などが行ったエルベ川以東、北東ドイツ及びポメルン地方のスラヴ人居住地などへの植民のことをいう。

とくに、ドイツ騎士団は先住民のキリスト教化を理由にバルト海東南沿岸地域で軍事的性格の濃い植民を推し進め、のちのプロイセンのもとになる大規模な領土を獲得した。

人口圧力と領主からの弾圧に悩むドイツ農民は、11世紀から12世紀にかけて辺境伯や騎士団、あるいはポーランド諸侯などの勧誘を受けて東方へ入植を開始した。

B 東方植民


13世紀前半に起こったモンゴルのポーランド侵攻もドイツ人の東方植民を後押しした。ピャスト朝の流れを汲むポーランド諸侯の分裂と戦乱、幾度ものモンゴルによる侵攻や住民の拉致もあり、ポーランド西部の公国群は13世紀には急速に衰退した。荒廃したシレジア地方の復興に際しては、ポーランド人だけでは人手が足りず、西方からの農民たちを招いたが、フランス人やオランダ人よりもドイツ人が大きな割合を占めた。その結果、シレジアは急速にドイツ化してゆく。

そういった経緯によって、徴税などの自治権をめぐるポーランド当局とのいざこざは幾度か起きたものの、当地のドイツ系住民によるポーランド国家への態度は概して協力的で、かつドイツ騎士団との争い(プロイセン連合、第二次トルンの和約などを参照)などにみられるように、かなり反ドイツ貴族的であった。

<引用終了>


「ハーメルンの笛吹男」の物語は、移民勧誘者が若い男女を東方移民へと促した事実が背景になっているのだそうです。これについては阿部 謹也の「ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 (ちくま文庫)に詳述されています。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%AC%9B%E5%90%B9%E3%81%8D%E7%94%B7

B abekinnya



また目立つのは東プロイセン出身のカタリーナがロマノフ王朝に嫁いでエカチェリーナ2世に即位すると大量のドイツ移民をロシアに呼び寄せました。彼女の出身地・東プロイセンは、東方移民または東方植民の結果、拡大された領土です。

これら東方移民は第二次大戦後、一斉にドイツへと放逐されその数1000万人以上と言われます。一方で現地名と国籍を取得して残留したドイツ人も多々います。ポーランドのシュレージェン地方、チェコのズデーデン地方が有名です。


Bカタリーな


また上記カタリーナにより誘致されたドイツ人は19世紀末にはその総数200万人近くに及びヴォルガ地域に多く住みヴォルガ自治区さえ許されていました。彼らはヴォルガ・ドウイッチュと呼ばれます。しかし独ソ戦時にスターリンにより東の中央アジアへと強制移住させられモスレム社会の中で辛酸をなめました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%BB%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E4%BA%BA

彼らは、旧ソ連崩壊後陸続とドイツへと流入しました。その数約80万人といわれていますが、家族を含めればその3-4倍はいるでしょう。わたしの近辺でも両手両足で数え切れないほどのヴォルガ・ドウイッチュの知人がいます。

また一方で米国へ移民したドイツ人は極めて多く、現在米国国民のうちドイツ系は約5000万人と言われています。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E7%B3%BB%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E4%BA%BA

そして米国国語を決める際にドイツ語が有力な候補であったことも忘れてはいけません。また敗戦後、優秀なドイツ人科学技術者が「ペーパークリップ」作戦により米国へと移住させられました。これにより戦後米国の科学技術レヴェルが向上しアポロ計画などを支えたのでした。この場合は量より質の問題ですね。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97%E4%BD%9C%E6%88%A6

B-Project_Paperclip_Team_at_Fort_Bliss.jpg


ドイツがかって移民輸出国であり、また戦後はドイツ人自らが難民となって祖国へ命からがら復帰した、これらが現在のドイツの移民政策を考える場合見逃してはならない歴史事実でしょう。この民族の歴史を知れば、彼らが難民に親和性をもつ理由の一端が理解できます。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E4%BA%BA%E8%BF%BD%E6%94%BE


B ドイツ難民
B ドイツ難民 b



ひるがえってわが国も貧因ゆえにハワイや南米に移民を送り出し、また満州朝鮮からの引揚者という名の難民を作り出したその歴史を記憶し続けなければならないでしょう。







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  1. 2015/10/20(火) 19:09:34|
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【トイトブルグの戦い】その2、神話と歴史

 

 

 

 

今年が「トイトブルグの森の戦い」からちょうど2000周年にあたることはすでに述べた。

 

 

トイトブルグの森へつながる風景

 

 

しかしそれはローマ側の歴史であってゲルマン側の記録には残されていないのだから、ゲルマン諸族にとってはむしろ神話といえる。

 

19世紀に描かれたヘルマンの凱旋

 

 

そしてその伝説的輝かしきゲルマン神話のさらなる神話化が行われたのが、反ナポレオン戦争からドイツ帝国再建、そしてナチスの「第三帝国」であった。

 

 

 

それについては、ありふれた民族国家建設のための手段であろうし、欧州各国が演じたサヴァイヴァル・パワー・ゲームでのなりふり構わぬ国権の発揚ではあった、と思う。

 

神話とはそのように作られるものらしい。

 

そしてこのゲルマン神話のトポスにおいて書かれつつある歴史とは抗争から調和へというものなのか。

 

博物館前の戦闘マスク・オブジェ

 

 

ここで再確認しておきたいのは歴史とは記録の集積ではなく、民族(国民)と国の物語である、ということである。

 

ドイツは欧州という物語のなかに、法律的に封ぜられた歴史検証をエポケーして罪人として十字架を背負いつづけなから、流行の言葉で言う「癒し」を得ようとしているのだろうか・・・

 

わたしはその場所でわが国の危うい立場を思いつづけていた。

 

 

 

 

  1. 2009/06/17(水) 08:10:00|
  2. ゲルマン史
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【トイトブルグの戦い】その1、トポス

ぼやきくっくりさんが作ってくれました。みなさんも貼り付けましょう!!

 

 

 

 

「トイトブルグの戦い」または「トイトブルグの森の戦い」は、西暦9年、ゲルマン諸族連合軍がローマ帝国のゲルマン駐屯軍に壊滅的打撃をあたえ、その結果(短略すれば)ローマ帝国はゲルマン征服を放棄しライン川、ドナウ川をゲルマンとの国境にすることになった。

 

その歴史的戦いが行われた場所から「トイトブルグの森の戦い」という。

 

今年はそれから数えてちょうど2000年目にあたる。2000年自体にそれほど特別な意味があるわけではないだろうが、区切りがいいのは確かであろう。

 

しかし歴史記録はローマ側にしか残されておらず肝心のトイトブルグの森の場所が永らく特定できずにいた。

 

そのためもあってかドイツ語では、「Varusschlacht」(ローマ軍総司令官のウァルスの名前をとって「ウァルスの会戦」またはドイツ連合軍の指導者・ヘルマンの名前をとって「Hermannsschlacht」(ヘルマンの会戦)という。

 

さてその会戦場であるトイトブルグの森だが、ゲルマン族の主流を自認するドイツ人の民族意識が高揚する18-19世紀にかけて場所の特定が試みたのだがいずれの場合も考古学的確証がとれなかった。

 

しかしそれをデトモルトとして1875年、いまにすればアナクロニズムそのものの「ヘルマン記念塔」(Hermannsdenkmal)が建立された。これは後のナチ党にもおおいに利用されたものである。

 

 

 

 

しかしイギリス人素人考古学者のTony Clunnが入手できる資料を繊細に研究した結果、オスナーブルック(Osnabrück)近郊のカルクリーゼ(Kalkriese)付近であろうと推測し考古学調査を続けた結果、1987年、ローマの銀貨を発掘した。

 

現在その地を記念して博物館が建てられ、今年は2000年記念のさまざまな行事が挙行されている。(オフィシャルサイトはここ

 

 

(筆者撮影)

 

 

ちなみに、この「トイトブルグの戦い」があった場所と、会戦がローマ軍に与えた深刻な影響の結果後にライン川がローマとゲルマンの境界線になったことをごっちゃにして、トイトブルグの森が独仏国境などという荒唐無稽なことが一部ひろまっているようだが、それはもちろん誤りである。(美月さん、参考資料の収集時にはお気をつけくださいまし

 

カルクリーゼはブレーメンにも程近い北ドイツ(といってもよい地理的位置)にある。独仏国境とはまったく関係がない。

 

 

 

(筆者撮影)

博物館の塔上にある方向表示。トイトブルグの森はそこより南方32キロ、オスナブリュックと、ずっと後の「ドイツ三十年戦争」終結の平和条約でありのちのすべての平和条約の手本となった「ウエストファーレン条約」締結地であるミュンスターを結ぶ中間点方向にあることが示されている。

 

 

 

なお写真は

アムゼルくんの世界 Die Welt des Amselchens 

にもアップします。

 

 

 

 

 

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  1. 2009/06/08(月) 13:27:00|
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Author:丸山光三
世界は変容する。変容させようとする力が作用するからだ。しかし、かってにそうはさせまいとする吾等の力を示そう。世界はやつらのものではなく、けっきょくは吾等のものであるべきだからだ。

イザ・ブログ消滅にともない<丸山光三或問集(旧マルコおいちゃんのヤダヤダ日記)><アムゼルくんのブログ>を吸収合併。

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